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アルメニア: 首都で1人目の患者が薬剤耐性結核の治療を終了

2007年11月04日掲載

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2005年9月、国境なき医師団(MSF)とアルメニア保健省は同国で初の、そして唯一の薬剤耐性結核の治療プログラムを首都エレバンで開始した。このほど一人目の患者が2年近く続いた治療を終えた。

患者のN.L.は話す。「最初はこの治療の難しさを想像すらできませんでした。ただ単に、治療を終えて家族の元に帰りたいと望んでいただけでした。しかし、本当に長く、忍耐を強いられる治療でした。」

N.L.は過去15年間に渡って結核治療の開始と中断を繰り返していた。長年、治療を終了することができずにいたため、結核菌は次第に治療薬に対する耐性を持つようになっていった。彼は妻や息子に結核が感染することを恐れ、家族と別々に暮らしていた。結核には強い偏見や差別が付きまとうことから、近所の人に自分の病気について告白できずにいた。その間にも病状は悪化していった。

アルメニアでは、つい2年前まで治療が複雑であるという理由から薬剤耐性結核の治療法が存在しなかった。治療は数ヵ月の入院期間を含めて最低2年かかる。治療に用いられる第二選択薬は高価な上に、しばしば激しい副作用を伴う。さらに、適切な治療を施したとしても治癒率は60~70%ほどである。

それでもN.L.は運よく2005年10月に治療を開始することができた、数少ない患者の1人である。

首都エレバン郊外にある薬剤耐性結核専門の入院病棟では、毎日最高20錠の薬を服用しなければならない。中には毎朝注射を受けなければならない患者もいる。「病院での治療を3ヵ月続けた頃、副作用に苦しむようになりました。脱力感、めまい、吐き気、倦怠感、情緒不安定、息切れなどです。あまりに激しかったため、薬を見るだけで吐き気を催してしまうほどでした。」

約20ヵ月の治療期間が残っていたが、N.L.は既に絶え間ない苦悩の中にいた。日々の苦しみがあまりにも激しかったため、治療の有効性すら見えなくなり始めていた。

アルメニアにおけるMSFの活動責任者ロベール・パーカーは話す。「いつもN.L.の見舞いに来ていたのは、彼の息子でした。父親が病棟での孤独感にさいなまれないように、非常に尽くしていました。私たちのチームも同様に、ソーシャルワーカー、臨床心理士、医師、看護師の全員があらゆる側面から、可能な限り彼を勇気づけました。」

薬剤耐性結核治療の初期段階では、入院治療が必要である。治療の反応を常時観察するため、そして感染期間が終わるまでほかの人に結核が感染するのを防ぐことが目的である。

N.L.は7ヵ月間の入院治療の後、喀痰検査の結果が陰性になり退院することができた。まだ結核は完治していなかったが、帰宅してエレバンの診療所での通院治療を続けることが可能になった。

パーカーは言う。「入院治療から通院治療への移行は、薬剤耐性結核治療にとって非常に重要な時期のひとつです。患者はもはや感染性がないため、市民生活に復帰できます。しかし、しばしば副作用による痛みと苦しみが病気そのものの苦痛を上回るほど激しくなるのもこの時期です。」

N.L.も例外ではなかった。彼の通院治療は激しい苦痛とともに始まった。「退院して家族のもとに戻ることができて、とても幸せでした。しかし、副作用による苦しみに加えて、長い期間に渡って毎日、夏の暑い盛りも冬の厳しく寒い日も診療所に通い続けることは容易なことではありませんでした。最後までやり通すことはとても無理だろうと思っていました。」

MSFの医師であるオレッグ・シェヤネンコは話す。「ちょうどその頃、私たちは彼の息子が治療に積極的に加わるよう努めました。N.L.にとって息子の存在は大きな心の支えでした。また、N.L.も息子を失望させたくないと考えていました。息子はN.L.の治療に多大な影響を持っていたと言えます。たいてい彼は私たちよりも息子が言うことに耳を傾けていました。」

MSFチームは息子の助けを借りながらN.L.を勇気づけ、治療計画に従って薬の服用を続けることの重要性を強く言い聞かせる一方、栄養が偏らないようにするための食事、診療所に毎日通院するための交通費、冬の寒い時期を越すための薪、そして必要に応じて心理カウンセリングを行うなどの心理面・社会面での支援を提供した。

こうして双方の奮闘が数ヵ月続いた後、N.L.は治療の有効性と効果を信じるようになり、やがて態度に変化が見られるようになった。「私は絶対に治療を終わらせたいと思っていたので、規則的に薬の服用を続けました。もし生きたいと思うなら、治療をすべて終えなければなりません。」

N.L.は治療終了まで毎日診療所に通い続け、一錠も忘れることなく服用を続けた。

パーカーは話す。「確かにN.L.の治療は終了しました。しかし正確には、今後5年以内に再発しなかった場合にしか『完治した』とは言えません。とはいえ、このことは他の患者やMSFチームに大きな希望をもたらしました。プログラム開始から2年間が経ち、初めてアルメニアで私たちの活動が目に見える成果を出すことができたのです。」

「言うまでもなく、薬剤耐性結核の治療は患者に多大な負担を強います。しかし同時に、MSFチームにとっても、『もしかしたら治療が失敗に終わるかもしれない』という罪悪感にさいなまれ、精神的に辛くフラストレーションが溜まる活動です。でもこれからは、患者から繰り返し尋ねられる『この治療は効果的ですか?』『これまでにこの治療で完治した患者はいますか?』という質問に答えることができます。」

N.L.は言う。「ようやく治療が完了したと認められました。これからは咳や熱に悩まされることなく、誰とでも自由に会って話すことができます。希望を失わず、辛抱強く続ければ、治療は最後までやり通すことができるはずです。」

薬剤耐性結核:効果的な診断法と治療法は存在しない

結核は過去の病気、貧困層の病気と見なされてきたため、国際社会は過去50年間にわたって研究開発への投資を怠ってきた。その間、薬剤耐性結核の感染が増加し、治療が困難になりつつある。薬剤耐性結核の治療は受け入れ難いほど長く、激しい副作用を伴う上に、治療効果にも限りがある。また、第二選択薬の生産量が世界全体で不足しているため、患者の大多数にとって手が届かないほど高価である。MSFがアルメニアで使用している第二選択薬の価格は患者1人当たり9千ドル(約105万円)以上である。アルメニアは旧ソ連諸国の中でも医療ケアの支出総額が最も低い国のひとつであるため、MSFは治療費を全額負担している。

現在、MSFは首都エレバンにある2つの地区で、55人の薬剤耐性結核患者を治療している。うち25人はエレバン郊外にある薬剤耐性結核専門の入院病棟で治療を受けており、30人は同市内にある2つの診療所で通院治療を受けている。

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