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バングラデシュのロヒンギャ難民:二ヵ国の狭間に囚われた少数民族

2007年09月01日掲載

「私が生まれたミャンマーの政府は、私はミャンマー人ではないと言います。私が育ったバングラデシュの政府は、私はこの国に留まることはできないと言います。私のようなロヒンギャ系難民は、まるでワニと蛇に挟み撃ちされているようなものです。」
バングラデシュに住む19才の難民

ロヒンギャ族はイスラム教徒の少数民族で、バングラデシュとミャンマー西部のラカイン州との国境地域の出身である。彼らはミャンマーでは、移動や結婚の制限、強制労働、土地や資産の没収、暴力や不当逮捕など、深刻な人権侵害を受けている。

1992年、25万人以上のロヒンギャ系難民がミャンマーからバングラデシュへと流入した。しかし2年後、ミャンマーの国内情勢にさほど大きな進展は見られなかったにも関わらず、バングラデシュ当局は国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)と協力して大規模な難民送還を開始した。彼らはバングラデシュでは招かれざる経済移民と見なされているが、ミャンマーのラカイン州では国民としての権利を拒否され、絶えず脅迫や虐待に晒されている。

ミャンマー国内

ラカイン州に住むロヒンギャ系のイスラム教徒は、いかなる形の医療サービスを受けるにも非常に苦労している。移動制限が課せられているため、実質的には村に監禁された状態を強いられている。また移動許可を得るためには僅かであれ手数料を支払わねばならないことも、彼らが町や州都に行って治療を受けることの妨げとなっている。その上、医療サービスは高額で手の届かない場合が多い。

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国境なき医師団(MSF)はラカイン州で30ヵ所の診療所を支援しており、そのうち15ヵ所はロヒンギャ系住民が大半を占める同州北部にある。これらの診療所では、主としてマラリアの診断と治療に最大の焦点を当てている。さらに、MSFはラカイン州内の7ヵ所(このうち6ヵ所は北部にある)で診療所を運営しており、さまざまな医療サービスを提供している。

医療チームは主としてミャンマー人とロヒンギャ系のスタッフで構成され、診療所まで足を運べない住民の治療のために、遠隔地の村へも定期的に赴いている。ラカイン州でMSFは団体最大規模のマラリア治療プログラムを実施している。2006年には45万人以上がマラリアの検査を受け、21万人が治療を受けた。診療所では、栄養失調、結核、HIV/エイズの治療も無料で行っている。

2006年と2007年に、ラカイン州の州都シットウェーにあるMSFの診療所で活動したビル・ベイリスは語る。「私の活動期間中、MSFは診療所を1棟から4棟へと拡張しました。これは重度の急性栄養失調に陥った子どもと、マラリア患者が増加したためです。診察した患者のほぼ全員がイスラム教徒でした。いくつかの障害のために国営の病院で治療を受けることができないせいなのかもしれませんが、決定的な要因は恐らくお金でしょう。彼らはおおむね貧しく、私たちの診療所は無料でした。もしMSFが撤退したら、イスラム教徒に治療をする団体はいなくなってしまうでしょう。」

バングラデシュ国内

今日でも、国境を越えてバングラデシュに入ってくるロヒンギャ系難民には未だに行き場がない。国連は1992年に難民キャンプを設けて流入する難民の収容に努めたが、現在は2ヵ所を残してすべて閉鎖されている。バングラデシュは国際難民条約に加盟しておらず、1994年以降、同国に逃れてくるロヒンギャ族の人びとには保護されるべき難民としての地位が認められていない。

2ヵ所ある公式の難民キャンプには約2万6千人が収容されている。MSFはそれぞれのキャンプでベッド数20床の入院病棟を運営しているが、患者は引きも切らない。これらのキャンプに住むロヒンギャ系難民は、政府が新たな難民登録を打ち切る前に登録を受けているため、未登録の難民に比べればまだ暮らし向きはましと言える。それでも、彼らの生活はキャンプの敷地内に限定されており、外部で働くこともできず、援助に依存して生き延びているにすぎない。

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バングラデシュ、タル・キャンプにて

バングラデシュ南東部の辺境に点在している未登録の難民にとっては、生活はさらに厳しい。ミャンマーを脱出して以来、上陸した浜辺から離れたことのない者もいる。MSFは毎週シャムラプール・ビーチを訪問し、路上強盗を避けるために干潮時の砂浜を車で行き、倉庫を改修した診療所まで赴いている。家族と共に14年間浜辺で暮らすロヒンギャ系の女性が、自身の窮状について説明する。「ミャンマー軍に土地、乳牛、その他すべての物を奪われたため、バングラデシュに来ました。このようにバングラデシュで暮らした後、ミャンマーに帰ったら、私は当局によっておそらく投獄されるか、射殺されてしまうでしょう。しかしここでは少なくとも何も言われずにすみます。」

7千人以上にのぼるロヒンギャ系難民が、川と幹線道路の間、幅30メートルのわずかな土地に設けられた、タルと呼ばれる仮設のキャンプに身を寄せている。縦2メートル、横3メートルの小屋には12人まで収容できるが、この避難所は泥土でできた土台の上に建てられているため、水中に崩れ落ちてしまわないよう常に土台を交換しなければならない。満潮時には川の水が小屋の内に流れ込み、雨期には8割の小屋が水に浸かってしまう。食糧や清潔な飲料水は乏しく、平均で約40人が一つのトイレを共有している。このような状況から、人道支援・医療援助が必要とされている。

MSFはタル・キャンプ近くで無料の診療所を運営している。最も多い疾患は呼吸器感染症で、過密な環境の中、寒さや湿気に晒されていることに起因しているものと思われる。キャンプの恐るべき衛生状態が原因で下痢や寄生虫病に感染している人も多い。ロヒンギャ系の男性の多くは家族と長期間離れ、漁業に従事し、あるいはチッタゴン丘陵地帯で仕事を探している。そのまま戻らない者もいる。財産もないまま残された妻たちは、家族を養うために他の家族に頼ったり、物乞いや売春をすることもしばしばである。MSFの診療所にやって来る栄養失調の子どもたちは、このような父親のいない家庭の出身であることが多い。

バングラデシュ政府は先日、タル・キャンプから他の土地へ難民を移住させる意向を表明した。しかし国内のロヒンギャ系難民に関しては、その身分も将来の展望も依然として不透明なままである。

援助を必要とするミャンマーの少数民族

ミャンマーで困難に直面している少数民族はロヒンギャ族だけではない。ミャンマー近隣の5ヵ国すべてにミャンマー難民が住んでいる。そのうち国際難民条約に加盟しているのは中国だけで、バングラデシュ、インド、ラオス、タイは加盟していない。バングラデシュ国内のロヒンギャ族と同様、他のミャンマー難民も難民としての身分を認められない国で非常な困難な生活を強いられている。

ロヒンギャ族の場合と同じように、これら少数民族の難民の大半は違法にミャンマーを脱出し、当局に投獄されることを恐れて故郷の村へ帰還できずにいる。あるロヒンギャ系の男性は、ミャンマーにいる両親に会いに行った兄弟二人についてこう語る。「二人は両親に会う前に投獄されてしまいました。何故かって?二人がバングラデシュで生活していたからです。」帰還して投獄されるか、難民として認められない国で、疎んじられつつ狭い土地に定住しようとするか。これは不可能な選択である。MSFや他の援助団体がこれらの少数民族の人びとに基礎医療や食料配給、安全な飲み水と衛生施設を提供することによって、彼らが生き続けられるようにすることは可能である。しかしこれでは問題の解決にはならない。バングラデシュにおけるMSFの活動責任者、フリド・ヘリンクスは語る。「代替策の提供、もしくは協議がなされるべきです。いかなる人びともこのような生き方を強いられるべきではありません。」

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