ハティアン病院の移管
2007年02月09日掲載
パキスタンのカシミール州の村、ハティアンに最後まで残った国境なき医師団(MSF)の外国人スタッフの1人である28才のデラン・デヴァクマル医師(28)は語る。 「私が離任したとき、病棟はまだ満杯でした。医師として離れがたい状況にありました。私たちは良い仕事をしましたが、4ヵ月一緒に働いた人全員に別れを告げる時には感極まってしまいました。」
デヴァクマル医師は続ける。「私が着任したのは、2006年8月にコレラが流行した最中でした。着任してからの最初の仕事は、小児科病棟とコレラ病棟での勤務でした。」8月にMSFは178人の患者を治療した。病棟は、2005年10月のパキスタン地震が発生した後、MSFが建設した病院の敷地内にあった。地震後にパニック状態が続いた最初の数ヵ月間、無事に残った建物はほとんどなかったため、MSFチームはテントの中で治療を行わざるを得なかった。MSFはゼロから新しい病院を建て直すことを決めた。
ハティアン病院
この病院には、男女別の病棟、小児病棟、検査室、手術室、分娩室、監視室がある。水・衛生および発電の設備は、すべてMSF監督のもとに建設した。デヴァクマル医師は小児科病棟を担当した。ハティアンの病院で治療ができない患者は、より設備の整った病院に移送した。「ひと月あたり通院患者約1400人、入院患者約188人を受け入れています。最初のころは気象条件がとても良かったのですが、11月までには天候が悪化しました。気温は下がり、豪雨が始まり、地すべりが起きたのです。」
制約
天候の悪化は、デヴァクマル医師の仕事に直接影響を与えた。デヴァクマル医師は語る。「私はどの患者にも最善の治療をしたかったのですが、ここの環境と制約のもとでは、医師として移送条件に基づいて決定せざるを得ませんでした。さらなる検査や治療のために患者を移送できる病院は二つありました。そのひとつはムザファラバードで、車で通常1時間半かかる距離にあります。もうひとつはイスラマバードで、ずっと遠くにあります。同時に私は悪路での移送に患者がどの程度の時間まで耐えられるか検討せざるを得ませんでした。そのため、どの患者を移送し、どの患者をハティアンにとどめるかの決定は困難でした。」
研修会
MSFは病院の小児病棟の業務を「Pakistan Paediatric Association(PPA)」と保健省に移管した。デヴァクマル医師の仕事は知識の移譲だった。「病棟回診を1日2回行い、できるだけ多くの資料を提供しました。また、医師と看護師のために毎週研修会を開きました。医師の世界では慣習である、一緒に討議を行った後の症例発表会や、治療中に亡くなった患者の症例報告も行いました。」
一生の仕事
デヴァクマル医師はMSFに参加する前にニュージーランドとイギリスで4年間働き、その多くを小児科医として過ごした。「以前の職場でははるかに集中的な治療をしていました。一人の赤ん坊に多くの労力を費やす余地があったのです。ハティアンで需要がはるかに大きいのは、基礎医療なのです。低所得国での小児科医の仕事は、西欧諸国におけるものとは大きな違いがあります。ニーズがずっと大きいのです。病気の子どもの数がはるかに多いため、医療に対するニーズが増えるのです。私の父は長年MSFを支援してきましたし、私も一生この仕事を続けるつもりです。」
最後の眺め
滞在の最後となった日、デヴァクマル医師は、MSFのプログラムコーディネーターと共に車に乗り込みながら、ハティアンの村落を見納めに眺めた。「谷の両側にある緑の丘は空に向かってのび、よく見れば、小柄な人たちが山を登り下りして日常の生活にいそしんでいます。でも、あの最後の日は空が曇り、何も見えませんでした。ムザファラバードに向かう途中、8才の女の子を現地の病院に検査のため連れて行くことにしました。この子は体重減少に苦しみ、神経症も患っていました。私は彼女が脳結核ではないかと疑ったのです。ムザファラバードの医療スタッフにこの子を引き継いだときに、これですべて引き継ぎを終えたと感じました。感無量でした。これがカシミールでの私の最後の仕事でした。」
MSFは1月末まで小児病棟で現地スタッフの支援を続ける一方、パキスタン保健省、PPAおよびセーブ・ザ・チルドレンが業務を担当する。他の病棟ではすでに保健省やその他の援助団体がケアを行っている。MSFは3ヵ月分の病棟用医薬品とMSFが設置した非常電源設備を提供した。2006年、ハティアン病院のMSFチームは1万6722人の患者を診察し、1464人の入院患者を治療した。
関連情報
- 2010年8月27日
- パキスタン:洪水被害への対応を拡充するも、依然山積する課題
- 2010年8月25日
- パキスタン:デーラ・ムラド・ジャマリ周辺の状況と援助活動
- 2010年8月20日
- パキスタン:清潔な水が戻った町
- 2010年8月19日
- パキスタン:最善を尽くし、最悪の事態に備える
- 2010年8月18日
- パキスタン:バルチスタン州、洪水で孤立した数千人の援助に成功














