中央アフリカ共和国:MSFの活動概要 −11月27日現在−
2006年12月15日掲載
MSFは、2005年11月に中央アフリカ共和国 (CAR) 北西部での活動を開始した。以来、親政府勢力と反政府勢力によって引き起こされる武力衝突が増加し、おびただしい数の住民が難民となってチャド南部へ流入している。
MSFのチームは、カボ、バタガフォ、パウア、マルコウンダ、ボギラコタとその周辺地区で基礎医療サービスを受ける手段をほとんど持たない人びとに、一次医療および二次医療を提供している。MSFはこれらの地域において複数の移動診療チームによる活動を行い、暴力を逃れて潅木の茂みに隠れている人びとに診察を行っている。MSFはさらに、5ヵ所の病院と複数の診療所で活動を行っており、外来、救急外科、母子医療、成人の入院病棟などで援助活動を行っている。
チャド南部において、MSFはゴレにある病院を支援しており、CARでの武力衝突から逃れてきた難民キャンプでも医療援助を行っている。
背景
1960年に独立を勝ち取って以来、CARでは多くの武力衝突が発生し、クーデターも数度に渡り勃発している。2003年3月、フランソワ・ボジゼがパタセ前大統領を打倒し、2005年春に5年の任期で大統領に選出された。
北部では政府軍とさまざまな反政府勢力の間で戦闘が発生している。当地の住民はどちらか一方を支持しているとみなされて、組織ぐるみでの暴力の標的にされるか、あるいは集中攻撃にさらされている。ウハム州やウハム・ペンデ州の道路沿いでは、多くの村が襲撃や略奪、焼失を受け、住民は避難を余儀なくされている。また、強盗事件も頻繁に発生している。
2006年10月、雨季の間にいくらか平穏な日々が数ヵ月続いた後、ウハム・ペンデ州、ウハム州、ナナ・グリビジ州では武力衝突が激化するなど、同国の北部地域全体で武力衝突が深刻化している。一方、南西部では反政府勢力が勢力を拡大し、首都バンギで政府への攻撃を開始し、バンギの政情は非常に不安定となっている。
状況は日々困難を増し、治安状態はますます不安定になっている。その結果、住民に悲惨な結果をもたらし、彼らの多くは森林に隠れることを余儀なくされている。こうしたきわめて不安定な政情により、MSFはこの地域で十分な人道援助活動を行うことを妨げられている。
MSFの援助プログラムの詳細
今日、MSFはCARの北西部で活動を展開している。複数の移動診療チームが武力衝突によって荒廃した農村地域で、無料の一次医療サービスを提供している。多くの人びとは無防備な状態で潅木の茂みに身を潜めている。MSFは健康に深刻な問題を抱える人びとを、カボ、バタガフォ、マルコウンダ、ボギラコタ、パウアやチャドのゴレでMSFが援助する医療施設に移送している。
MSFは2005年11月にマルコウンダ近くで活動を開始し、4月半ばにはパウア近辺にも活動拠点を設立した。さらに、2006年5月にはボギラの病院への支援を開始し、同8月には医療チームがカボとバタガフォに到着した。
一次医療
MSFは全体で、各地において週平均1800件の診察を移動診療を通じて提供している。患者の多くは5才以下の子どもだが、大部分が、マラリアや寄生虫感染症、急性の呼吸器感染症にかかっている。これらの疾患は野外での生活に起因することが多い。MSFは予防対策として、大人と子どもの両方を対象にはしかやその他の一般的な感染症に対する予防接種を行っている。医療チームはパウアで栄養失調児の治療を行っており、10月の入院患者数は134人であった。この地域での急性栄養失調の発生率は比較的低いレベルであると見られている。
パウア、マルコウンダ、ボギラ、カボ、バタガフォの町の病院や診療所では、外来で週3270件の診察を行っている。ここでも主に、移動診療と同じような疾患に対応している。
二次医療および外科手術
MSFは、パウア、カボ、バタガフォ、ボギラコタの各病院においては全ての診療科目で支援を行うと共に、マルコウンダでは外科手術と母子医療ケアを行っている。
毎月、これらの医療施設には各病棟に600人以上の患者が入院している。くわえて、毎月200件以上の外科手術が施されており、そのいくつかは戦闘によるものである。カボとバタガフォにあるMSFの診療所では、最近の武力衝突の期間中に銃撃された市民7人の治療を行った。医療チームはまた、簡易な医療処置や婦人科の緊急治療も行っている。
武力衝突の増加による影響
CARの北西部では、くり返される戦闘のために住民の生活状況が悪化し、地域全体に医療援助を展開するMSFの活動が妨げられている。
10月にパウア周辺で武力衝突が再発した結果、地域住民は再び森林に潜むことを余儀なくされた。結果として、この地域における移動診療の診察件数がわずかだが減少した。現在同地域では、移動診療が一時停止、もしくは中止に追い込まれている。また、MSFはこの武力衝突のために、常時診察を計画していた2ヵ所の診療所における診療開始日を延期することを余儀なくされている。
カボとカガバンドロの間の道路では、MSFの調査ミッションが11月初めに、多くの村が襲撃を受け、一部焼き払われているのを発見した。膨大な数の人びとが暴力から逃げるために潅木の茂みに逃げ込んだ。MSFはカボの南部に、住民の基礎医療を週に2度行うために2つの移動診療を立ち上げたが、残念なことにこれらの診療サービスは治安悪化のために現在は中止されている。
さらに東部では、新たに結成された反政府勢力が攻撃を開始し、ビラオやウアンダ・ジャレなどの数都市を支配下に置いた。MSFの医療チームはビラオに赴いて状況を調べようと試みているが、この地区への進入許可は今までのところ拒否されている。
チャドへ逃れた難民への支援
2005年秋以降、CAR北部における武力衝突により約4万6千人がチャド南部のゴレ周辺に避難した。MSFは、ゴレでベッド数50床の病院を、そしてアンボコ地域とゴンジェにある基礎医療を行う2ヵ所の診療所を支援している。MSFはまた、深刻な栄養失調児向けのプログラムを実行し、飲用水と汚水処理の設備をゴンジェとアンボコ地域のキャンプに設置した。
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