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パキスタン地震から1年:バーグにおけるアシスタント・アドミニストレーター、サハード・フセイン・カーンへのインタビュー

2006年11月08日掲載

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Q. 地震から1年が経過した現地の状況を説明してください。
A. 2005年10月8日に地震が発生したあと、人びとは呆然としていました。崩壊した家屋、亡くなった近親者、けがを負った家族。多くの人びとが、足や手、背骨などを骨折していました。パキスタンのバーグに住む私自身も、そんな状況に直面していました。瓦礫の下敷になっている人びとの安否は不明でしたが、生き残った人びとでさえ、次々と襲ってくる余震で命を落とすのではと懸念されていました。すべての道路は地滑りで寸断され、水は地面に吸い込まれていきました。言葉では言い表せないほど悲惨な状況だったのです。まず最初にしなければならなかったのは、負傷者が適切な処置を受けられるよう、ラワルピンディかイスラマバードの病院に搬送することでした。バグの病院は崩壊し、跡形もなかったからです。
患者たちを病院へ搬送した後、次に解決しなければならない大きな問題は食糧の調達と避難所の手配でした。しかし、人びとはショックを受け、気力を失っているようで、迅速に対処することができませんでした。心に傷を負っていたのです。人びとが口にするのはたったひとつ、地震のことだけでした。また新たな地震が襲ってくるのではと、脅えていたのです。
Q. いつからMSFに参加し、どのような任務に就いたのですか?
A. MSFに加わったのは地震発生の1ヵ月後です。系統だった形で人びとを助けたいと思っていた時、MSFが周辺の村々で病院や移動診療を運営していることを知ったのです。アドミニストレーターとしてMSFに加わり、デスクワークのほかに、医療チームや物資配給チームの移動手段の手配や、チームの食糧調達を担当しました。MSFスタッフを常に追い、避難用キットやテントを求めてやってくる人びとと接しました。
Q. 活動のなかで、最も印象に残っていることは?
A.一番心に残っているのは、患者たちです。当時は多くの負傷者がおり、彼らを病院に連れて行くと病院は崩壊していたのです。たくさんの人びとが、何の設備もない地面に横たわっていました。その多くは涙を流し、またショックを受けていました。厳しい生活環境も、辛い思い出として心に残っています。地震直後の2、3日の間は寝泊りする場所がなく、野外で横になるしかありませんでした。
Q. 地震発生から1年が経過した現地はどんな様子ですか?平常に戻っているのでしょうか、それとも、まだ人びとの暮らしに爪痕を残しているのでしょうか?
A. 1年が経ち、状況はほとんど元に戻ったように見受けられます。しかし、今度の冬を越すのに十分な住まいは、まだありません。いまだに、10月8日の恐怖を忘れられずにいる人もいます。多くの人びとが、地震から1年経ったその日を恐れていました。人びとの会話に耳を傾けてみると、いまも、話題は地震のことです。これほど、みんなの暮らしの一部になってしまっているのは、すごいことではないでしょうか。
Q. 次に取り組むべき課題は何だと思いますか?
A. 私の考えでは、住まいを失った人びとのための、適切な住居の手配や建設だと思います。1年前、多くの人びとが来る冬に脅えていました。いまも、住む場所がない家族がたくさんいるのです。

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