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10の最も深刻な人道的危機 2003年

2004年01月掲載

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国境なき医師団(MSF)は2004年の年頭にあたり、2003年に主要なメディアではほとんど報じられることのなかった10のニュースを発表した。昨年はイラク戦争にマスコミの関心が集中したが、スーダン/チャド国境付近で深刻化している難民の状況、コロンビア、チェチェン、ブルンジやコンゴ民主共和国での終わりの見えない紛争、1年で数百万人の命を奪うマラリアの災禍などについては、ほとんど光があてられることはなかった。2003年に特筆すべきは、各地で振るわれつづける市民への残忍な暴力が、人道援助関係者にまで及ぶようになったことである。ダゲスタン共和国で誘拐されたMSFボランティアのアルヤン・エルケルは、誘拐から500日が過ぎた今もまだ解放されていない。世界の最も危険な地域では、こうした治安の悪さのためにジャーナリストも取材を行うことが出来ず、そこで行われていることが広く世界に伝わることがない。

スーダンと中央アフリカ共和国での戦火を逃れ、数万人がチャドに避難

マスコミにはまったく取り上げられることがなかったが、2003年、世界でもっとも激しい紛争のうち2つは、チャドの隣国、スーダンと中央アフリカ共和国(CAR)で起きた。その結果、両国から数万人が家を追われて、この貧しいアフリカ中央部の国チャドへと逃げ込んだ。
CARでクーデターが生じ、国中が混乱に陥った1月から3月の間には、4万を超す人々がチャド南部のゴレ、マロ、ダナマジに避難した。そして7月には、スーダンのダルフール州で戦闘が起こり、9万5千人がチャド東部の荒地への避難を余儀なくされた。村がヘリコプターや民兵に攻撃された際、彼らはほとんど 何も持たずに逃げ出してきている。
チャドにたどり着いた人々の多くは、村や作物が焼け落ちるのを見たと訴える。継続して実質的な活動を行っている援助組織はほんのわずかしかないため、難民の支援と保護は遅々として進まず、不十分なままにとどまっている。

チェチェン人への迫害

北コーカサス地方の人々は、ロシアがしきりに「テロリズムとの戦い」と称しているチェチェン紛争に、2003年も苦しめられた。チェチェンでの戦闘は今も激しく、暴行や恣意的な逮捕、失踪などが日常的に起きている。
この1年を通じて、チェチェンや隣国のダゲスタン、イングーシのテントや粗末な小屋で避難生活を続ける20万人近い人々は、彼らを戦禍で荒れ果てたチェチェンへ帰還させようとする当局から組織的な嫌がらせや強制措置を受けつづけた。イングーシでは2003年だけで数カ所のキャンプが閉鎖され、3万人近い避難民が戦闘地域へと追い出された。その結果、テント・キャンプで暮らす難民の数は現在8,500人しかいない。
2月にMSFが3,000家族を対象に聞き取り調査を行った際、98%の人が、チェチェンに戻れば生命の危険にさらされるだろうと答えた。それにもかかわらず、帰国への圧力は続いている。当局はいかなる難民にも帰国は強制しないといいながらも、代わりの住居を提供しようとする団体の活動を妨害し、援助組織に対して官僚的な規制を新たに設けている。そのため、チェチェン難民の生活状況を改善しようとする団体の活動は、いちじるしく制限されている。
市民に対する暴力の矛先は、国際援助組織のボランティアにも向けられた。MSFの活動責任者であるアルヤン・エルケルは、2002年8月12日にダゲスタンで誘拐されて以来、500日以上経つ現在も解放されていない。このように治安の悪化と暴力がエスカレートしているため、人々がもっとも助けを必要として いる今、この地域で意味のある人道援助を独立して行うことはほとんど不可能になっている。

ブルンジで続く激しい暴力

内戦が続くこの10年間、ブルンジの人々は止むことのない組織的な暴力にさらされてきた。平均寿命は60歳から40歳へと低下し、30万人近い国民が殺された。政府と反政府勢力間で協定が結ばれて希望が見え出してからの2年間も、都市部でも地方でも戦闘が続いた。戦闘が続いていることに加えて、10万人に1人しか医師がいないほど(世界最低の水準)医療が欠如しているため、圧倒的多数の人が医療を受けられない状況におかれている。
反政府軍と政府軍の戦闘が行われている地域では、武装した兵士によるレイプなど、市民に対する暴力が日常的に生じている。近隣国の政府は、79万人のブルンジ難民を母国に帰そうと圧力をかけているが、国際機関による再定住プログラムの運営は不十分で、資金も不足している。
2003年7月、首都ブジュンブラは、協定への調印を拒んだ唯一の反政府勢力である国民解放軍(FNL)から容赦ない砲撃を受け、和平プロセスによってもたらされたうわべだけの静けさは粉々に砕かれてしまった。
この10日間の攻撃で、数百人の命が奪われ、数万人が避難を余儀なくされた。それ以来、政府と反政府軍の間の対話で進展があったとはいえ、市民への暴力は国中で続き、平和になったとされているこの国で、安全な者など一人もいないという厳しい現実が浮き彫りにされている。

コロンビア、大規模な避難と孤立

コロンビアで泥沼化している紛争は、外部の人にはほとんど見えないものとなってしまった。しかしこの国の人々にとっては、その影響は歴然としている。推定では300万人に達する避難民は、常に武装勢力の圧力を受ける大都市郊外のスラム街で、水も電気もその他の基本的なサービスもないまま不安定な暮らしを続 けている。
土地をめぐる争いや、「麻薬撲滅戦争」のための収穫物の燻蒸消毒、そして民兵組織や政府軍、ゲリラからの止むことのない脅しによって、避難民の数は日ごとに増えている。また一方で、人口過密や極度の貧困により、人々が病気を患ったり性的虐待や搾取などにあう危険も増大している。暴力は都市の中にもはびこり、そのために貧しい人々や避難民が医療を受けられなくなるという構造的不平等が生まれている。
故郷を離れずにいる人々も、孤立し、紛争の爪跡が残る土地でなんとか生き延びようと苦労している。状況が不安定さを増すなか農村地帯で暮らす人々は、基本的な医療からも切り離され、治る病気の治療も受けられず、慢性的な栄養障害にも陥りやすくなっている。

コンゴ民主共和国を蝕む戦争と無関心

20年もの間、世界から忘れ去られた紛争がほぼ絶え間なく続いているコンゴ民主共和国(DRC)では、行政サービスが壊滅状態に陥り、多くの人命が失われ続けている。西ヨーロッパ全体に相当する広さのこの国では、ここ5年間だけでも300万人の命が失われたとする推計もある。その大半は病気と飢餓による死 であり、間接的とはいえ、いずれも紛争により引き起こされている。
DRC東部、特に北東部のブニアにおける大量虐殺が、昨年春に多くのメディアの注目を集めた一方で、その周辺地域に住む数万人が絶え間ない恐怖にさらされていることは殆ど表面化しなかった。
この地域では、国外の勢力の支持を受けた武装勢力が覇権を争っているため、市民に対して組織的な暴力が振われ、地域の緊張は高まり、国が不安定化する結果となっている。
この大規模な人災に巻き込まれた人々は、殺りくやレイプ、暴行、略奪など想像を絶する苛酷な経験をしたと語る。そのために家族はばらばらになり、人々の大規模な移動が引き起こされてきた。また、暴力が日常化して激しい抗争が続くイトゥリ地方を含む、緊迫した状況にある東部地域以外でも、栄養障害や病気が蔓 延し、基礎的な医療さえも受けられない状態のなか、多くの命が奪われ続けている。

マラリアによる死者が増加

マラリアは毎年、アフリカの子どもを中心に100~200万人の命を奪っている。実際アフリカでは、30秒に1人、1日に3千人の子どもがマラリアのために亡くなっている。主な治療薬として使用されているクロロキンは耐性のため効果を失い、サルファドキシン・ピリメタミン(SP)も徐々に効かなくなりつつ ある。しかし、これらの薬にかわる効果的な治療法が存在する。アルテミシニンと他の抗マラリア薬を併用する治療法(ACT)である。このACTは、セイコ ウという漢方で使われる植物から抽出したアルテミニシンと他の抗マラリア薬を併用することで、耐性が生じる可能性を最小化することができる。
ACTは今日のマラリア治療において最も効果的な方法だとする専門家は多く、世界保健機関(WHO)も2001年以降、特にマラリア流行時にはACTを推奨してきた。
ところが、日々マラリアで命を落としかけている子どもたちがACTを受けられていない最大の理由は、その価格にある。現在、ACTは1回の治療につきUS1ドル弱かかるが、もしACTがより広く導入されれば、価格は更に下がると考えられる。しかし国際機関や政府は、効果がないと知りながらクロロキンや SPを購入し、死に瀕している患者に提供し続けている。

ソマリアにおける暴力の連鎖

ソマリアの人々は12年以上にわたり、紛争に伴う暴力や避難、干ばつや洪水などの自然災害の犠牲になってきた。中央政府が存在しないソマリアでは、これらの要因のため農業の発展は行き詰まり、慢性化した極度の貧困のため数百万人がその日の食べ物にもこと欠く暮らしを強いられてきた。国が下降線をたどる原因 となった危機の最悪の時期(1991-1992年)に、80万人以上が国外へ避難したが、その約半数は現在も難民として周辺諸国で暮らしている。
ソマリア国内では45万人にのぼる人々が避難生活を続けており、うち15万人は首都モガディシュのキャンプで不安定な生活を送っている。市民はなおも、国内の大部分の地域で活動を続ける、部族別に組織された民兵組織間の武力抗争に日常的に巻き込まれている。
政府が機能せず、外国からの援助も乏しいために、もともと貧弱だった保健医療システムは多くの地域で機能しなくなった。そのため、特に女性の健康に悪影響が出ている。ソマリアの出産時の妊産婦死亡率は世界で最も高い。また予防接種率が低く衛生環境も悪いため、コレラやはしかの流行も頻繁に起こっている。
ソマリアでは援助活動はほとんど行われていない。紛争が恒常化し、国際社会からの支援金が不足しているため、援助機関は莫大な援助需要に応えられずにいる。

抑圧される北朝鮮難民

政治的抑圧と慢性的な食糧不足に堪えかねて、逮捕と苛酷な報復の危険を冒しても、安全と生活手段を求めて北朝鮮から中国に逃れる人々は数千人にのぼる。しかし中国でも、北朝鮮人を不法移民とみなす中国当局に追われることになり、多くの人は保護を求めて国連難民高等弁務官(UNHCR)事務所にたどり着くことさえできない。中国に住む北朝鮮の人々は身を隠して生活し、北朝鮮に強制送還される危険を常に抱えている。もし送還されれば、再教育キャンプへの収容か ら処刑にいたる酷い報復を受けることになる。避難場所を求めることと北朝鮮人を援助することは、中国では重大な違法行為だとみなされている。
2001年以降、一連の取締りの強化にともなって数千人の北朝鮮難民が本国へ強制送還され、国内および国外からの援助従事者も中国の刑務所に収監されてきた。それでもなお、飢餓に苦しむ北朝鮮の人々は、よりよい生活を必死に求めて国境を越え渡り続ける。しかしUNHCRは、中国政府が国内の北朝鮮難民の人権を保障し、自国が署名した国際難民協定を遵守するよう積極的に要請することはしていない。

知的財産規定強化により数百万人の健康を売り払う

60代のグアテマラ人女性のカルメンは言った。「ここで治療を受けるのはすでに困難です。なぜ米国は我々を助けようとしないのでしょう?もうこれ以上、治療を受けることを困難にしてほしくない。」
カルメンは、中南米・カリブ諸国に住むHIV/エイズ患者200万人の1人であり、世界中で600万人にのぼる、抗レトロウイルス薬(ARV)による治療を早急に必要としている患者の1人である。しかし米国政府および米国の巨大な製薬産業は、米州自由貿易協定地域(FTAA)や中央アメリカ自由貿易協定(CAFTA)において知的所有権規定をさらに厳格にするべく押し進め、人々が治療を受けることはより一層困難になった。これらの地域貿易協定は、必須医薬品の継続的な値下げに成功してきた唯一の要因といえるジェネリック薬の価格競争を制限するものである。
このような規定強化は、2001年にWTOの全加盟国が採択したドーハ宣言を骨抜きにしてしまう。ドーハ宣言は「公衆衛生を守り、医薬品をすべての人々の手に届くものにする」ために、国際貿易協定にある柔軟性を各国が最大限に利用する権利を再確認したものだった。米国は、モロッコやタイ、南部アフリカの 5ヵ国とも同様の貿易協定を結んでおり、その他の国々もそれに倣うもようである。
これらの規定は、何百万人もの命を商業的利益と引き換えに売り払い、生きるために不可欠な治療を、カルメンを含めたほとんどの患者には手が届かない高額なものにしてしまう恐れがある。

コートジボワール西部における保健医療システムの崩壊

2002年9月に内戦が生じたコートジボワールでは、特に西部で避難民が発生し、保健サービスは崩壊してしまった。戦闘地域の住民は様々な武装勢力からの激しい暴力にさらされ、土地所有をめぐる地元の人間と外部出身者の抗争で、多くの人々が避難を強いられた。
医療従事者も戦闘地域から避難し、反政府組織が支配する地域では医療施設が略奪に遭って物資の供給が途絶えてしまったため、医療は住民が最もそれを必要とするときにほとんど受けられなくなった。避難や暴力、そして医療の不足のため、北部および西部で栄養状態が悪化し、感染症が流行した。ほんの数年前まで コートジボワールは、西アフリカ諸国の中で最も平和で繁栄した国だった。2003年、西部の住民は、家や村をヘリコプターから爆撃され、民兵に略奪され た。
隣国リベリアの紛争から広がった暴力が、コートジボワール西部での民族間対立の激化と相まって、さらに多くの人々が医療から遠ざけられた。クーデターから1年以上が経ち、戦闘は沈静化したが、国はなおも分断されたままである。多くの人々がいまだに避難生活を続けるなか、医療へのアクセスは依然困難であり、 平和もまた不安定な状態にある。

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