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栄養失調ガイド(入門編)
2006年7月発表

目次
I. 栄養失調とは何か
II. 栄養失調の種類
II-1 主要栄養素欠乏症
II-2 微量栄養素欠乏症
III. 栄養失調の原因
III-1 貧困
III-2 ハンガー・ギャップ(端境期の飢餓)
III-3 食糧分配メカニズム
III-4 戦争
III-5 自然災害
III-6 文化的慣習
III-7 環境的要因
IV. 食糧危機の3つの段階
V. 食糧不安、食糧危機、飢餓への取り組み
VI. MSFによる食糧危機と栄養失調の調査方法
VI-1 栄養状況調査の実施
VII. 身体測定指標の解釈
VII-1 個人
VII-2 集団
VIII. 栄養支援の種類
VIII-1 一般食糧配給(GFD)
VIII-2 集団食糧配給(BFD)
VIII-3 栄養補給プログラム
VIII-4 集中栄養治療プログラム
VIII-5 栄養支援プログラム
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世界的にみると、5才未満の急性栄養失調の子どもは6千万人であり、また毎年5百万人が死亡している。
栄養危機や飢餓を理解するのは決してたやすいことではない。通常、栄養危機は、さまざまな要因が複雑にからみあって生じる。飢餓と飢饉は極度に感情的になりやすい問題であり、また政治的にも微妙な問題である。飢餓の定義でさえも、各国際機関によって異なる。
このガイドでは、栄養失調問題がかかえるさまざまな局面を探り、この問題に対してMSFが果たそうとしている役割を述べる。第一章では、栄養失調が人の身体に及ぼす影響を物質的側面から扱う。第二章では栄養危機のさまざまな段階を観察し、各段階の原因について述べることとする。最終章では栄養失調問題について、NGOや各国政府、国際組織が果たしている役割を述べ、実際のMSFの活動内容を具体的に説明する。
栄養失調とは何か

人が健康に生活するためには、平均1日2100キロカロリー以上の熱量が必要である。栄養を適切に摂取することは、身体の成長・維持のために大切であると同時に、疾病に対する抵抗力や、学習能力、作業のためのエネルギー源としても重要である。
栄養失調とは、からだの成長・維持・活動に必要な栄養の需要と供給が不均衡な状態と定義される。身体の需要に見合った栄養を十分に摂取できない場合には、体内のエネルギーの消費が始まる。まず脂肪がなくなり、次に筋肉がなくなる。
栄養失調状態の測定には、食物の摂取量ではなく体重や身長といった身体的な尺度が用いられる。子どもの栄養失調状態を測定するときは、多くの場合、身長に見合った標準的な体重と比較する。身長に対応する標準体重の80%を下回る場合は、「急性栄養失調」と定義される。両足の腫脹は「両足浮腫」と呼ばれているが、子どもの場合、この症状も栄養失調の確実な兆候である。
子どもの栄養失調が長期間続くと、発育障害が起こることがある。この状態は慢性栄養失調と呼ばれる。また、短期間のうちに急激な体重減少や「消耗」が起きた場合は、急性栄養失調と呼ばれる。
たとえ量的には十分食物を摂取していたとしても、その食物に適切な量の主要栄養素(タンパク質、脂質、糖質)と微量栄養素(ビタミン、ミネラル)が含まれていなければ、栄養失調になる。言い換えるなら、栄養失調は食物の量だけでなく、質にも関連して生じるものである。
栄養失調と疾病とは互いに悪循環を起こす関係にある。つまり、食物摂取が不適切であると、身体はますます感染症を起こしやすくなる。感染症はしばしば食欲減退や吐き気を生じ、食物摂取量を減少させる。さらに、身体の栄養吸収力が損なわれることもある。その一方で、栄養失調により免疫機構が脆弱になり、感染症の発症率や重症度が増し、感染期間が長期化する。この危険なサイクルが続けば、最終的には死に至りうる。
幼児は成人と比較すると、栄養失調の影響を受けやすい。これにはいくつか理由がある。子どもは成長過程にあるため、成人と比較すると必要となる栄養素が多い。また、子どもは大きくかさばる食糧を摂取できないため、少しずつ何度も食べる必要があるが、母親は緊急事態では少量に分けて食事を与えることができないかもしれない。特に離乳後の子どもは、食事にタンパク質やその他の栄養素が不足していると栄養失調になりやすい。また、妊娠中や授乳中の女性も、特に栄養失調になりやすい。妊娠中や授乳中は、通常よりも余計にエネルギーを要するためである。
栄養失調の種類
主要栄養素欠乏症
最も一般的な栄養失調の形態は消耗症と呼ばれ、十分な量の食物を摂取できない場合に生じることが多い。消耗症の子どもはひどく消耗しており、身体の脂肪はなく、筋肉組織もほとんど残っていない。外見は老人のように変化して皺が寄り、肋骨や四肢の関節が突出している。皮下脂肪はほとんど残っておらず、心臓や血液をはじめとして、内臓が衰弱している。感染症への抵抗力はなく、肺炎や下痢、はしかなどの疾病が致命的となる。
次に一般的な子どもの栄養失調の種類は、クワシオルコルである。これは特に、食物中のタンパク質やエネルギー源、一部の微量栄養素の不足により生じる。症状としては、腹部膨満やひどい貧血、「浮腫」が挙げられる。浮腫は四肢の腫脹であり、これが体重の30%を占めることもある。もう1つの特徴は毛髪が赤くなり、抜け落ちることである。消耗症と同様にクワシオルコルでは感染症への抵抗力が低下して死亡することがあるが、これとは別に、クワシオルコル自体の結果として、身体の塩分やミネラル値が低下するために死に至ることがある。
微量栄養素欠乏症
この他、栄養失調にはビタミンやミネラルの不足によって起こるものがある。
微量栄養素は、代謝機能を適切に維持するために必要な微量の栄養素である。
ビタミンA欠乏症のため、貧困国では5才未満の児童の大部分が免疫機能の低下を起こしており、下痢やはしか麻疹、マラリアといった疾病にかかりやすくなっている。ビタミンAの不足のため眼病になり、結果的に失明することもある。
ヨウ素は甲状腺機能を正常に整え、妊娠初期の3ヵ月間に神経組織を発達させるために必要である。ヨウ素が不足すると、甲状腺腫や「クレチン症」を引き起こし、これが原因で重度の精神遅滞やからだの発育障害を生じることがある。
ビタミンB1が不足すると脚気になることがある。ビタミンB1欠乏症には、神経組織や心臓に影響を与えるものや胃腸障害を生じるものなど、いくつかの種類がある。ビタミンB1不足は白米が主食の国でしばしば生じる。
ビタミンCが不足すると壊血病を発症することがある。これは主として、新鮮な果物や野菜がほとんど手に入らない場合におこる。
ビタミンB3が不足すると、ペラグラ(ニコチン酸欠乏症)を発症することがある。その兆候として、下痢や痴呆、皮膚損傷(首の周囲に生じることが多い)が挙げられる。
栄養危機の原因
貧困
私たちは栄養失調について、干ばつや戦争といった人目を引く危機と結びつけて考える傾向にある。世界中で8億人が飢えに苦しんでいると推定されるが、実際には、栄養失調患者の大半は突然の異常な事故や災害の犠牲者ではなく、貧困の結果として慢性的な栄養失調に陥っている。
貧困に苦しむ人びとは、自分や家族のための食糧を買い、あるいは生産するのに十分な資金を持っていない。貧しい農家には土地や種、農機具、水を買う余裕がなく、貧しい職人には仕事に使う道具の代金を払う資力がない。世界の貧困地域では、灌漑設備や貯蔵施設、道路、食糧を運ぶ車両などの主要な農業インフラが不足している。
ハンガー・ギャップ(端境期の飢餓)
多くの地域では、栄養失調は季節や収穫期に従った一定周期で発生する。住民は季節的な食糧不足、すなわち「ハンガー。ギャップ」に直面する。耕作農家の場合、ハンガー・ギャップは収穫期の前、前回の収穫期に備蓄した食糧が底をつき、食糧の市場価格が高いときに生じることが多い。畜産農家の場合は、乾季の終わり頃に牧草地がなくなり、家畜の伝染病が広まる時期に起こることが多い。
食糧分配メカニズム

飢餓や食糧危機は必ずしも、ある地方の食糧の絶対量が不足しているために起こるとは限らない。食糧流通のしくみが不平等なものであったり、食糧市場が何らかの経済的誘因で動く結果、深刻な食糧不足が起こることがある。農家が作物を地元の市場に出荷するよりも他の地方や外国に出荷する方が利益が出るようならば、たとえその地方で大量に生産されたとしても、その地方に住む貧困者は農産物を手に入れることができない可能性がある。また、生産者がハンガー・ギャップの時期まで食糧を備蓄して、買い手が最も欲しがる時期に高値で売るつもりでいるかもしれない。
くわえて、政府の意図的な、あるいは意図しない政策の結果、食糧危機が起こることもある。抑圧的な政府ならば、反政府勢力とその支持者を抑圧するために、ある地域での食糧供給を操作することもありうる。他の例をあげるなら、食糧危機は政府の統治能力が失われた結果として生じることがあり、内乱が起こると、食糧供給のしくみは完全に破壊される。ノーベル賞を受賞した経済学者、アマルティア・センが1980年代に残したとおり、「民主主義が機能している国家で飢餓に陥った国はない」のである。
戦争
戦争によって栄養危機に陥る過程はさまざまである。戦闘員は、しばしば敵の備蓄食糧を略奪したり捨てたりする。また組織的に地域の市場を破壊することもよくある。耕作地や井戸は採掘され、土地は軍事目的で強制収用され、備蓄品は民兵や軍隊の食糧として盗まれる。人びとは身の危険を感じてやむなく自分の土地を放棄するが、治安悪化により種まきや収穫のために自分の土地に戻ることができない。
自然災害
雨が降らないために干ばつになると、大規模な食糧危機が起こることが多い。干ばつは不作や家畜の死亡を引き起こしかねない。土地に作物を植えすぎる、放牧する家畜が多すぎるなど、農業技術が貧弱であると被害はさらに深刻になる。また、土壌浸食や砂漠化、森林伐採といった環境問題も肥沃な耕作地を脅かす。熱帯暴風雨や地震、洪水も作物や備蓄食糧に打撃を与え、耕作や食糧運搬に必要な機材に損害を与える。
文化的慣習
文化的慣習が社会の一部の人びとの栄養状態を大きく左右する場合がある。ある社会では男性に優先的に食糧が分配され、女性が栄養失調に陥る危険性が大きくなる。特に出産年齢の女性は毎月の生理の時期には鉄分を失う上に、妊娠期や授乳期にはエネルギー源やタンパク質、微量栄養素を通常以上に必要とする。
授乳や離乳の習慣も子どもの栄養に重大な影響を与える。例えば、西アフリカでは伝統的に離乳食として、トウモロコシや穀物の「おかゆ」を与えるが、これはタンパク質やエネルギー源という点では栄養価が低い食物である。また、地域によっては、伝統的に幼児に固形食を導入するのが早すぎたり、衛生的でない食物を食べさせることから、栄養失調、発育遅延、感染症が生じている。また、はしかなどの病気の際には、子どもに食糧を与えないほうが早く治ると信じている地方もある。
環境的要因
環境的な要因によって栄養危機が大幅に悪化することがある。水質が悪いことや環境が不潔であること、医療施設が不足していること、これらすべてが原因となって、下痢や赤痢といった健康上の問題が拡大し、社会全体の栄養状態が著しく悪化しうる。
食糧危機の3つの段階

「食糧保証」とは、各世帯が、世帯全員の食物への需要を満たすだけの適切な食糧を、自家生産または購入によって確保できる能力を意味する。食糧保証があるかどうかは、食糧が利用可能か、入手可能か、安価であるかを基準に判断される。その他の判断材料として、食糧を実際に利用できるかどうかがある。これは、薪、調理器具、その他の道具、水などが利用可能かどうかにかかっている。
食糧不安とは、食物への需要に見合うだけの十分な食糧を継続的に手に入れることができない状況を指す。食糧不安は、通常は一時的なものである。いったん食糧事情が改善されれば、各世帯は一般に、存続可能な生活を取り戻すことができる。
食糧の入手可能性や利用可能性が低下すると、食糧不安が悪化して飢餓に至る恐れがある。この過程は一般に、以下の3つの段階をたどる。
食糧不安
↓
食糧危機
↓
飢餓
食糧危機は、予期しない深刻な食糧不足が原因である。紛争のない状況で食糧危機が起きる可能性があるのは、長期間または繰り返し続く干ばつ、洪水、家畜の伝染病の拡大、経済危機などにより、食糧へのアクセスが徐々に悪化した場合である。紛争下では、集団の強制移住、穀物や家畜の壊滅や略奪、市場へのアクセスが安全でないことなどにより、地域内で食糧供給が急激に減ることで、食糧危機が起きる可能性がある。
このような状況では、人びとは「対処メカニズム(環境のストレスに対して単に受動的に反応するのではなく、能動的に対処・克服しようとする適応機構)」に頼ることになる。例えば、1日の食事の回数を減らして、通常は食べない木の葉などを食べたりする。将来の生活に不可欠なもの(畜牛など)を売らざるをえない場合もある。この段階に達してしまうと、通常の生活に戻ることが難しくなる。将来の生産能力を犠牲にすることになるためである。
この状況が悪化すると、地域社会の構造が崩壊し、医療スタッフを含む専門職や知識層の人びとがよそへ移住し、高齢者や障害者など、世帯の中で生産的作業に従事しない人に対する支援が限られてくる。この時期はまた、非生産的な人びと(孤児、貧困者など)を疎外することが多くなるのも特徴的である。
飢餓とは、多くの人びとに長期間にわたり食糧が全くないことを指す。飢餓が純粋に「自然」災害だと考えられるケースは、今日ではごく稀である。干ばつ、洪水などの環境要因が食糧不足の原因であるのは当然ながら、たいていの場合は戦争、政治不安、経済不安、集団の強制移住など、人為的な力も同時に作用している。
飢餓のあいだ各世帯は窮乏し、もはや頼るべき対処メカニズムも持ち合わせていない。人びとは食糧を求めて家を離れることが多く、これは「困窮移住」と呼ばれている。飢餓状況においては、重度または中程度の栄養失調の人びとの主要な死因として、食糧と医療の不足が挙げられる。一般に、子どもだけでなく成人の死亡率も高いことが、飢餓の特徴である。
「飢餓」という言葉は、感情的にも政治的にも多くの意味合いを含んでいる。その正確な定義については、これまで数十年間にわたり、国際的な援助機関のあいだで幅広い議論が続けられてきた。この議論は現在も続いている。
以下の表は、食糧不安、食糧危機、飢餓の区別について、MSFの理解をまとめたものである。
食糧不安、食糧危機、飢餓の各時期に見られる特徴的な状況
| 食糧不安 | 食糧危機 | 飢餓 | |
|---|---|---|---|
| 生活の変化 | 一時的 | 将来への脅威 | 完全な窮乏 |
| 食糧の入手可能性 | 通常どおり、またはわずかに低下 | 低下 | ほとんどない、または皆無 |
| 食糧へのアクセス | わずかに低下 | 低下 | 極度に低下、または皆無 |
| 食糧援助への依存度 | 低度 | 中程度から高度 | 完全依存 |
| 社会の崩壊 | 社会的支援に当てられる時間の減少。支援対象は直系家族に限定 | 高齢者、孤児、障害者などの社会的弱者に対する支援の減少 | 社会の崩壊:家族の崩壊、肉体的・精神的外傷を負った人びと |
| 集団の移動 | 季節的移住、主として男性のみ | 家族ごとの移住、集団の移住 | 困窮移住 |
| 栄養失調の 影響を受ける者 |
身体的弱者(病気が原因) | 社会的弱者(貧困、アクセス、医療が原因) | 全世代の全員(日常的な食糧不足が原因) |
| 包括的栄養失調率 | 低または中程度(0~10%) | 中程度(10~15%)から高(20~40%) | 高(>40~50%) |
| 重度の栄養失調率 | 低(<3%) | 中程度(3~5%) | 高(>5%) |
| 成人の重度の 栄養失調率 |
低 | 中程度 | 高 |
| 粗死亡率(CMR)* | 平均的な年と同等。 1日1万人あたり1人未満 | 中程度から高。S 1日1万人あたり1人から2人 | 壊滅的。 1日1万人あたり5人超。従って『標準』の10倍超 |
* CMRは、通常時における1万人あたりの全年齢の死亡者数。CMRの「標準」値は0.5と考えられている。
食糧不安、食糧危機、飢餓への取り組み

食糧問題に対する一般的・標準的なアプローチは存在しない。食糧危機の背景、その進行状況、実践上の制約により、対処の方策はさまざまである。食糧危機への取り組みには、その構成は、地域社会に基盤をおく団体から各国政府、国際的に活動するNGO、国連に至るまで、多くの異なる組織が関わっていることが多い。
MSFの役割は一般に、最も弱い立場にある人びとへの緊急医療の提供と、子ども・妊婦・授乳中の女性・慢性または急性疾患の患者など、援助を最も必要としている人びとへの食糧提供である。また、食糧危機の悪化が懸念される場合には、MSFは住民全体に対して食糧援助を増強するよう提唱する。栄養失調の治療を行っても、プログラムを終了できるまでに健康を取り戻した途端に患者が食糧を手に入れられないのであれば、意味がないためである。
MSFは時として対象を絞った食糧配給(「一括配給」と呼ばれる)を実施するものの、大規模な「一般食糧配給」に参加することは稀である。これは、後者はふつう国連の一機関、たいていは世界食糧計画(WFP)が担当しているからである。しかし、一般食糧配給に対する緊急のニーズをMSFが発見し、他組織がそのニーズを満たせない場合には、MSFはそこに介入する。オックスファム(Oxfam)などの開発NGOとは異なり、MSFが長期にわたる食糧援助プログラムを実施することはない。
MSFでは、特定地域における食糧援助プログラムの開始を決定する前に、対象地域の状況についてできるだけ多くの情報収集に努める。そのために、現地を訪問しての調査を速やかに行い、同時に受け入れ国政府や現地当局者、他のNGOと情報を共有する。
MSFによる食糧危機と栄養失調の調査方法
食糧援助を行う以前、および援助活動中に、集団内の栄養失調レベルを慎重に評価することは不可欠である。これは、状況の深刻さと規模を判断するために行う。MSFは栄養状況調査の結果を利用して、次のような活動を行う。
- 急性の栄養失調が集団内でどこまで広がっているかを調べ、監視する
- 最も弱い立場にある集団を識別する
- ふさわしい食糧援助プログラムを立案し、時間を追って住民の栄養状態が改善していくのを追跡するための援助前の基準値を設定する
栄養状況調査では、体重・身長・年齢・上腕周囲径などの「身体測定」値を比較する。生後6ヵ月から5才までの子どもたちを調査対象とする。これは主に、5才未満の児童は食糧事情の変化の影響を特に受けやすく、この年齢層の子どもは住民全体の食糧に関するストレスを反映していると考えられるからである。
この世代については、標準化された参照表が利用できる。そのおかげで、国際的に認められた準拠集団に照らして調査結果を解釈することが可能である。これが非常に重要なのは、有意義な比較が可能になるからである。ティーンエイジャーや大人については、国際的に認められた参照値は今のところ存在しない。この点については、栄養学の専門家たちのあいだでも議論が続けられている。
栄養状況調査の実施
質の高い栄養状況調査には、高度な統計分析が必要である。調査対象が非常に少ない場合(5千人程度まで)は、「全数調査」が可能だと考えられる。この場合、集団の全員を1人ももらさず訪問して調査することになる。
しかし、食糧危機の影響を受ける人びとはたいていこれより規模が大きいため、調査は一般にサンプルを抽出して行われる。他のサンプリング調査と同様に、選ばれたサンプルができるかぎり全体を反映したものになるよう留意することが不可欠である。ストレス下におかれた人びとは、NGOスタッフに働きかけて地域社会内で最も援助が必要な事例に注目させ、支援や食糧援助を確保しようとする。しかし、地域社会全体の栄養状態について本当に正確な状況を知るためには、できるかぎり無作為に選んだサンプルを、できるかぎり厳密に調査することが重要である。
MSFは、原則として「系統抽出」と「クラスター抽出」の2つの方法を使ってサンプルの無作為抽出を行う。
系統抽出では、対象地域の地理的構成に基づいてサンプル抽出を行う。調査対象になる可能性がどの世帯も同じでなければならないため、この方法が利用できるのは、例えば例えば碁盤目状など、住居が規則正しく配置されている場合だけである。しかしこういうケースは非常に稀であるため、この方法はおもに避難用住居がブロックや列を成して整然と配置された難民キャンプで用いられる。
クラスター抽出は、対象住民の詳しい記録が入手できない場合や、地理的構成が系統抽出にはなじまないときに使われる。この方法では街区、村など、住民規模を見積もる際の最小区域をサンプル抽出の母体に選ぶ。

サンプル抽出の第1段階では、対象区域から30の「クラスター」を無作為抽出する。第2段階では、そのクラスターが属している地区の中心へ調査チームを送り、地面の上でペンを回して、どちらの方向へ進んでいくかを無作為に選ぶ。そのあと選ばれた方向へ進んでいき、その途上にある住居に番号をつけていく。次に、無作為に番号を選んで、最初に訪問する家を選ぶ。その世帯で身長が110cm未満の子ども全員を調査したあと、近接していることを基準に家から家へと進んでいく(例えば、すぐ右またはすぐ左にある家へ進む。どちらへ進むかは事前に決めておかなければならない)。30のクラスターでそれぞれ30人の子ども、つまり合計900人の子どもを調査し終えるまでサンプル抽出を続ける。統計分析では、十分な正確さを得るには、このくらい大規模なサンプル数が必要だとされている。
訪問した世帯では、6ヵ月から5才までのすべての子どもについて身体測定値を取る。普段測定するのは体重・身長・性別・年齢で、両側性の浮腫の有無も記録する。両親が子どもの正確な年齢を知らない場合も多いため、身長65cmから110cmの子どもを選んで、この年齢集団をおおよそで把握するしかない。また、上腕周囲径を指す『MUAC』値も測定する。ほかに、子どもがはしかの予防接種を受けているか、家族が調理器具や燃料を利用できるかなどの追加情報も収集する可能性がある。
調査チームは、『過去回帰的な死亡者数調査』という調査を平行して実施することが多い。その目的は、過去の一定期間内に亡くなった死亡者数を把握することである。地域の人びとにとって覚えていやすい日付を選び(宗教上の祭りや地元の祭りの日が選ばれることが多い)、その日付以降に家族の誰かが亡くなったかどうかを尋ねる手法を用いる。
身体測定指標の解釈
養失調を特定する際には、個人の場合と集団の場合とで異なる区分システムを使用する。
個人の場合:急性栄養失調を中程度と重度に区分
集団の場合:急性栄養失調を重度と全栄養失調(中程度および重度)に区分
全急性栄養失調とは、ある集団における中程度および重度の急性栄養失調患者の数を合わせたものを指す。重度の急性栄養失調率は「SAM」、全急性栄養失調率は「GAM」と、それぞれ呼ばれることが多い。
個人
MSFの調査チームはさまざまな身体測定値を互いに突き合わせ、また準拠集団と比較することで、各個人が栄養失調かどうかを判断することができる。それぞれの指標を下記の区分点と比較して分割点に達していない場合、その個人は栄養失調であると考えられる。
緊急事態において急性栄養失調を認定する際のもっとも一般的な方法は、子どもたちの身長に対する体重の値を参照指標と比較することである。身長/体重比は、消耗を示すもっとも信頼性の高い指標であり、最近の体重の増減を反映している。したがってこの数値が、異常事態や緊急事態を知るよい手がかりになる。身長/体重比はふつう、「Zスコア」や「中央値に対する割合」と呼ばれる統計式のスコアに換算して記録される。
子どもたちの年齢に対する体重を比較することは、発育阻害を知るのにもっとも有効な手がかりとなる。発育阻害は、長期にわたる慢性的な問題の存在を反映している。長期間にわたって適切な栄養が与えられないと、子どもたちの成長に遅れが出る。年齢に対して体重が少ない場合、骨格の成長が遅れていることがわかる。
「中央値に対する割合」と「Zスコア」の結果を用いた、栄養失調の分類
栄養士は、栄養失調の程度の分類に2種類の統計表現を用いる。両者とも、標準化された参照表と子どもの体重を比較するものである。
これらの表は、異なる身長の子どもに対し、正規分布曲線に従って予測される体重を示す。次に、子どもの栄養状態を、下表に示す区分点に従って分類する。
「中央値に対する比率」は、その身長群の子どもに予測される体重の中央値に対する比率を表す。
例:
ある子どもは身長70cm、体重6.3kgである。
参照表によると、身長70cmの子どもの体重の中央値は8.5kgである。
6.3 / 8.5 x 100 = 74.1%
74.1%は70%と80%の間にあるため、小児は中程度の栄養失調となる。
Zスコアは、測定した体重と、準拠集団の体重の中央値との差を標準偏差値で割ったものである。
区分点
| 平均に対する比率 | Zスコア | |
|---|---|---|
| 重度の急性栄養失調 | 70%未満 | Zスコアが-3未満 |
| 中程度の急性栄養失調 | 70%~80% | Zスコアが-2~-3 |

MUAC測定は、5才未満の児童の急性栄養失調を迅速に、概算で測定する方法である。MUACは「上腕周囲径」を表わしている。MUAC測定帯は、帯状に色が並んだ細長いビニール製の腕輪である。
MUAC測定帯を子どもの腕に直接巻きつけ、上腕周囲径を測定する。その際に、示した色が栄養失調の水準を表す。
緑:>135mm
(正常)
黄:125・34mm
(栄養失調の危険あり)
橙:110・24mm
(中程度の栄養失調)
赤:<110mm
(重度の栄養失調および死亡の危険あり)
MUACの測定は、緊急時に迅速な調査を行う場合に用いられ、死亡リスクを予測する良い方法である。この方法は、栄養失調を「急場しのぎで」推定するものであり、引き続いてさらに詳細な状況分析を行うことが常に必要である。
両側性の浮腫(足、下肢または顔面の腫脹)は、子どもの重度栄養失調を識別する臨床的指標である(成人の浮腫は、腎臓や心臓の問題など他の病因によって誘発されることがある)。
集団
次の段階は、状況の深刻さを調査するため、集団内の栄養失調率を明らかにすることである。最も一般に使用される尺度は、全急性栄養失調率として知られている。これは、集団における5才未満の中程度または重度の栄養失調児の割合を計算することにより判明する。
一般的なガイドラインでは、5・0%の全栄養失調率は危険な状況を示すと考えられる。11・0%は深刻な状況を示す。全急性栄養失調率が20%以上である場合、状況は非常に深刻である。
しかしながら、栄養調査の結果を解釈するための「標準的な処方箋」は存在しないことを理解しておくことが重要である。危機の背景に関する他の情報および、できれば最近数ヵ月間の死亡者数と組み合わせて結果を分析する必要がある。例えば、食品と家畜の現地での市場価格を知り、一般の食品流通が組織化されているかどうか知ることが重要である。数値の重要性はまた、調査が収穫の前と後のどちらに実施されたかによっても左右される。MSFチームは特定地域における農業周期を理解するため常に「季節カレンダー」を作成し、ハンガーギャップ(端境期)および収穫期がいつであるか記している。
1回の調査を通じて得られた数値も、その調査時点における特定地域の5才未満児の栄養状態の断片を示しているにすぎない。これらの数値は、単独では栄養状態が改善しているか悪化しているかについて示すものではない。
栄養支援の種類
ひとたび危機の深刻さとその性質について把握すると、MSFチームは最も適切な種類のプログラムを決める。大まかには、緊急の栄養プログラムは以下に分類される。
一般食糧配給→全住民が対象
集団食糧配給→全家族が対象
栄養補給プログラム→選別された個人が対象
集中栄養治療プログラム→選別された個人が対象
MSFは、緊急でない時の栄養支援プログラムにも関与している。
一般食糧配給(GFD)
一般食糧配給は、食糧危機と飢餓を経験した住民の健康と生存を保証するための鍵となる援助であると考えられている。一般食糧配給は、全住民、全地域または全集団を対象とする。その目的は、全集団の差し迫った基本的食糧需要を満たし、死亡および栄養状態の悪化を防止することである。
一般食糧配給の実施期間中には、地方政府、伝統的なリーダー、地域社会のリーダーなどによる一定量の配給が世帯を対象に定期的に行われる。
MSFは配給過程自体にはめったに関与しない。これは通常、世界食糧計画(WFP)とその協力者の任務である。しかしながらMSFは、チームが必要であると判断した場合には、食糧の監視と一般食糧配給の頻度と配給量を増やすよう提唱することに関わることがある。
集団食糧配給(BFD)
集団食糧配給は、通常は短期間の援助であり、限られた期間における食糧の利用可能性と入手可能性を直ちに向上させることを目標とする。この配給は、一般食糧配給が不適切、不公平、効果薄であった場合に、集団の栄養状態の悪化を防ぐための「被害対策」の手段として頻繁に用いられる。
弱い立場に置かれた家族の栄養を支えることが必須であると現地のチームが認めた場合に、MSFは集団食糧配給を行う。チームは、最初にその集団における平均的な家族の人数を計算し、適切な標準的な1家族向けの配給量を決める。その後、家族構成員の1つのタイプ(多くは5才未満児であるが、時には高齢者の場合もある)を選択し、その地域で該当する人全員の家族に食糧を配給する。この選別が5才未満児に基づく場合、家族に該当する子どもが2人いれば、家族は2人分の食糧の配給を受ける。
集団食糧配給は「急場しのぎ」の緊急援助であり、多くの集団をカバーでき、一般食糧配給よりも簡単に実施できる。しかしながら、配給量は各家族の人数を考慮していないこと、弱い立場に置かれた人びとを慎重に監視することができないこと、5才未満児のいない家庭はしばしば配給の機会を失うことから、不完全な仕組みだといえる。このような理由から、適切な一般食糧配給制度が実施されればすぐに、集団食糧配給は停止される。
栄養補給プログラム
栄養補給プログラムは、5才未満の中程度の栄養失調児および、時には妊婦・授乳中の女性向けに栄養的ならびに医学的治療を行う。その目的は、中程度の栄養失調を治療し、重度栄養失調を予防することである。
栄養補給プログラムには「乾燥配給食」または「調理済みの配給食」がある。乾燥配給食では、未調理または部分的に調理された食糧を、1週間または2週間に1度配給する。調理済みの配給食では、現地で調理した食事を1日1回または2回提供する。
集中栄養治療プログラム

MSFの集中栄養治療プログラムは、重度の栄養失調患者を対象に、集中的な医学的および栄養的治療を行う。適切な治療およびフォローアップは、患者の死亡を回避するために極めて重要である。
治療は2段階に分けられる。第1段階は医学的に見て容態が安定している患者を対象とする。第1段階の患者は、入院栄養治療ユニット(ITFC)で治療し、集中的な医学的、栄養的ケアを1日24時間行う。第2段階は、栄養状態の改善に焦点を当てる。栄養失調児は栄養失調の程度および合併症併発の有無によって、第1段階の患者として入院した後に第2段階に移行するか、直接第2段階の患者として入院する。
第1段階の治療には、24時間の集中治療を含む。患者は合併症の治療を受け、治療食を与える。この段階では1日8回の食事を与えるが、その多くはF75と呼ばれる栄養を強化した治療用ミルクである。治療は患者の体重増加を目的とするものではない。実際、浮腫 (腫脹)のある患者では、浮腫が消失することによる体重減が予測される。心不全を回避するため、この初期段階に栄養過多の徴候がないかすべての患者を慎重に監視する必要がある。
患者が合併症を伴わず、食欲があり、浮腫が認められない場合は、第2段階の治療に入ることができる。患者には高エネルギー食を1日4・回与え、厳密に監視する。継続的な体重増加は回復の重要な徴候であり、1日1kgあたり約10gの体重増加が予想される。
患者が適切な身長/体重比に達するほど回復した場合、集中栄養治療プログラムから退院する。その後、多くの場合には患者に栄養補給プログラムを紹介する。
集中栄養治療プログラムの実施は、集団の特定の状況に左右される。慣例では、治療は2つの段階を組み合わせて行い、患者は第1および第2段階のいずれも「集中栄養治療センター」、通称TFCで治療を受ける。
しかしながら近年、ある状況下では、分散化し、地域に密着した集中治療の提供に向けた動きが見られた。従来のTFCでは、子どものケアをする人(普通は母親)は、通常30・5日間を要する治療の全期間にわたり、家庭を離れることを要求される。特に家族に他にも栄養失調児がおり、彼らのために食糧を手に入れて食事の準備をする必要がある場合には、これは問題となりうる。中央集中型のTFCは人的資源を集約するものでもあり、多くの熟練したスタッフを必要とすることから、大規模な栄養危機にはあまり適合していない。
地域密着型の集中栄養治療プログラムでは、第2段階の治療はアウトリーチまたは「外来」を基本として実施される。患者は調理済み治療食(囲み記事を参照)を用いて、自宅で治療を受け、週に1度医療スタッフによる診察を受ける。
この種類のプログラムでは、集団がさらに広範囲に居住する場合や、重度の栄養失調児の母親が長期間家庭を離れることが困難な場合には、さらに適切であろう。危険な状態にある集団が1つの場所に集められる場合、例えば難民・避難民キャンプでは、TFCはなおも運営されるであろう。
そのまま食べられる栄養治療食(「RUF」)

そのまま食べられる栄養治療食は、1990年代後半に最初に開発され、近年の栄養治療プログラムに小さな革命を起こした。この治療食は、高タンパク・高エネルギー、および必須微量栄養素の供給を目的に特別に作られている。MSFは一般的に、すぐに食べられるBP-100と呼ばれる治療食およびピーナッツを基に栄養を強化したしたペースト状の「プランピー・ナッツ」を用いる。プランピー・ナッツは、1人分が袋に詰められており、混合ビタミン・ミネラルと500kcalの熱量を含む。
プランピー・ナッツには水を加える必要がないため、厳しい環境下で特に有用である。これは、清潔または沸騰させた水が入手困難な可能性があるためである。この食品は個別のアルミ包装で密閉されているために衛生的かつ分配が簡単であり、細菌感染を受けない。また、貯蔵期間が長く、高温下での貯蔵、運搬および使用が可能である。
そのまま食べられる栄養治療食は、これまで主として重度の急性栄養失調児の治療に用いられてきた。
しかしながら、栄養専門家の中には、この種の製品の開発がさらに進み、中程度の栄養失調児、妊婦および授乳中の女性、栄養支援を必要とするHIV陽性患者、ならびに離乳期の乳児など、さらに広範に使用される大きな可能性があると信じる者もいる。
栄養支援プログラム
食糧の入手が制限される地域で行われている緊急栄養プログラムにくわえて、MSFはさらに特定の病気に苦しむ人びとの栄養状態を改善するためのプログラムを実行することもある。異なる状況により提供する栄養支援の量は異なるが、通常これらのプログラムは、結核、HIV/エイズ、アフリカ睡眠病、細菌性赤痢およびはしかに苦しむ患者を対象とする。














