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DRCにおける医療へのアクセス、死亡率、暴力
2005年11月発表

目次
調査の背景
コンゴ民主共和国(DRC)は現在、統一国家の再建に向けた移行段階にある。2002年12月16日のプレトリア包括平和合意により暫定政権が成立し、選挙日程が発表され、同国の明るい将来と平和への展望はふたたび開けたように思えた。しかし、イトゥリ郡、キブ州、マニエマ州、カタンガ州など東部の多くの地域は今なお紛争状態にある1。
今回の調査結果は、DRCの悲惨な姿を浮き彫りにしている。この点では、国際社会も異論がないようだ。各種の健康指標は、貧困にあえぐ人々の苦難さながらの結果を出している。

2001年にDRCで紛争が勃発した際に、国境なき医師団(MSF)はDRC内の4つの州、5地域で一連の調査を行い、国際社会に対して現地の人びとの健康状態が危機にさらされている事態に対処するよう訴えた。
2005年にMSFはキルワ、イノンゴ、バサンクス、ルブツ、ブンケヤ2の5地域で2度目の調査を行った。この地域のうち3地域では2001年にも調査を行なっている。
調査項目は、死亡率、医療へのアクセス、予防接種、暴力である。
今回の調査は和平合意の継続中に行われたにもかかわらず、人びとの健康状況は2001年に調査報告を行なった時よりも悪化していることが明らかになった。
DRCと国際社会が協力して同国の政権の移行と経済の再建に取り組みと同時に、現地の人びとが今日置かれている人道上および健康上の悲惨な状況を見逃してはならない。長い間苦しみ続けてきた彼らの緊急のニーズに応えるためには、より広範囲にわたる政策が必要である。
DRCでは人びとが報道も注目もされずに苦しみ続け、今なお無言のうちに命を落としている。MSF は、彼らの筆舌に尽くしがたい苦しみを国際社会に知らせるべく、長期にわたり不断の努力を続けてきた。今回の調査もその一環として行われたものである3。
5地域での調査結果の全文はここで見ることができます。(英文:2.44MB)![]()
主な調査結果
調査地域の悲惨な医療の状況
- 壊滅的な状況にあることを示す高い死亡率
- 依然として内戦状態にある地域では、感染症や栄養失調が暴力と並ぶ死因に
- 紛争地帯に限らない高い死亡率
粗死亡率(CMR) 安定した状況にある人口群における1日あたりの粗死亡率(CMR)は1万人あたりおよそ0.5である。1万人あたり1を超えた場合、非常事態であるといえる。1万人あたり2を超えると、その地域は壊滅状態であると見なされる。
5才以下の死亡率(MR<5)
1日あたりの5才以下の死亡率は、1万人あたり1と推定される。1万人あたり2を超えると非常事態を、1万人あたり4を超えると壊滅的な状態であると見なされる。
5才以上の死亡率(MR>5)通常状態、非常事態、壊滅状態を示す数値はそれぞれ1万人あたり0.4、0.8、1.6である。
統計から、今回調査を行った5地域のうち、4地域で非常事態が続いていることが分かる。なかでも3地域は壊滅的な状態にあることが伺える。
政情の変化にもかかわらず、死亡率は低下していない。調査地域によっては、2001年の調査時よりも悪化している。

前線地帯から離れており、紛争の戦火にさらされていないイノンゴでも、死亡率は非常に高い。アクセスが悪く外部からの医療援助もないこの地域では、2001年から停戦状態にあるにもかかわらず死亡率は著しく増加している。
対象地域の人口は73万5,700人であったが、75日にわたる調査期間中に約1万2千60人が死亡した。調査前の予想は2千760人程度であったため、これを9千300人も上回る結果となった。
死因として最も多いものは、マラリアなどの伝染病や呼吸器系疾患、または下痢を引き起こす病気などの予防可能な病気である。子供たちがこれらの病気で最初に犠牲となる。
DRCにおける高い死亡率の原因を、まだ一部の地域で続いている紛争のみに関連づけてはならない。極端な貧困と苦難が、いまや生死にかかわる問題になっているのである。
現地の人びとのほとんどは、想像を絶する貧しさのなかで暮らしている。地方では人びとは弱い立場にあり、病気は自分に起こる悲劇の1つだと考えている。世界の関心がよそに向いているあいだに、この国では、ほとんどの者が声をあげることなく死んでいる。その姿は4年前とすこしも変わらない。
貧困にあえぐ国民には、医療ケアへのアクセスがほとんどない
調査を行った5地域のうち4地域では、約半数の人が危険な状態になっても医療を受けることができない。いまだに情勢が安定せず暴力が続くルブツでは、医療を受けられない人の割合は67%以上にも跳ね上がる。
医療へのアクセス
医療施設の不足
医療設備が悪く財源も乏しいため、DRCの医療分野は患者のニーズに答えられずにいる。医薬品が手に入らないことも多く、医療関係者も適切な医療を施せない。彼らの賃金は未払いが続き、行政の支援も訓練も不足している。これも絶望的な現状を生む一因となっている。
診療所までの距離も医療へのアクセスにおける障害の1つである。現地では道が悪く、交通手段は限られる上に費用もかかる。こうした困難と不確実性のために、患者が最後の手段として診療所に向かうのは、ほとんど望みがないまで病状が悪化する、あるいは手遅れになってからである。
公共医療システムが国民のニーズを満たしていないとはいえ、国民に他の選択肢はほとんどない。たとえ収益ベースで運営される私立の医療機関があっても、高価すぎて多くの者には手が出せないであろう。
交通の便が悪い地域では、代替医療、民間伝承薬といった、いわゆる民間療法に頼るほかない。こうした医療には規制がほとんどなく、これらの方法に頼る人びとの健康を害することもある。
貧困こそが医療アクセスの最大の障害
今回の調査で、患者の負担する医療費にはかなりの地域差があることが分かった。MSFが援助しているバサンクスでは医療費は20コンゴフラン(約4.4円)ですむが、支援を受けていないルブツでは2,100コンゴフラン(約462円)と約100倍もかかる。
総じてDRCの人びとの暮らしは非常に貧しく、1日1人当たりの生活費は平均33円程度である。
大きな町を除けば、経済活動はほとんど停滞している。このため収入を得る機会は非常に限られる。現金自体が手に入りにくいのも問題である。現金がないために経済活動が循環しない。
今回の調査結果により、その額がどんなに安くとも医療費がかかるということが医療ケアへの最大の障壁になっていることが明らかになった。患者が負担する費用の額は問題ではない。
さまざまな形で続く暴力
暴力にさらされた家族の死亡率は、暴力の影響を受けなかった家族に比べて著しく高い。
家族全員が暴力にさらされると衰弱する。人間の生存メカニズムや病気に対する免疫に影響するためである。窃盗に遭い、持ち物を失うことにより、家族はいっそう衰弱する。2005年現在なお続くさまざまな形態の暴力は、あらゆる人びとの安全を脅かしている。
依然として情勢が不安定な東部地域
2004年に平和合意が成立してから激しい暴力は減っているが、東部を中心に依然として情勢が安定しない地域が多数点在している。具体的には北部のイトゥリ地方から南部のカタンガ州北側にかけて、その間にあるキブ州、マニエマ州を含んだ地域である。
医療の欠如、暴力などでまず犠牲になるのは子どもたちである。
ルブツでは2004年と2005年の少なくとも一方の年に、調査を行った家族の72%が暴力の被害にあい、76%が暴力を避けるために家から避難した。暴力は依然として横行している。窃盗の被害を受けた家族は全体の3分の2近くに達し、また5%の家族が2004年前半から2005年4月までの間に最低でも1度は強姦の被害にあったと報告している。
南東部のブンケヤとキルワでは散発的に戦闘が発生した。報告によれば、対立する多数の武装勢力の中には単に生き抜くために闘うと公言するもの、弱体化した勢力基盤の拡大を狙うものがある。
社会秩序の混乱
紛争が起きている間は社会秩序の混乱を評価しにくい。停戦に伴い、この点が目に付くようになった。以前、紛争の前線であったバサンクスでは、3分の1以上の家族が暴力の被害を受けている。
イノンゴは長年、内乱の影響を受けずにいた。だがここでも23%の家族が暴力を経験したと報告している。この数値には私的制裁、強盗や窃盗犯へのリンチなどの暴力も含む。

DRCの危機に目を向ける前に
国内外の関係者は、平和合意が成立して3年近くがたっても、DRCに住む圧倒的多数の人たちが想像を絶する苦境にあることを認識する必要がある。
紛争が続いている地帯だけが、なお苦境にあるわけではない。イノンゴのように紛争の影響を受けていない地域でも、住民の健康状況がきわめて深刻な場合もある。ほかの地方も同様の状態にあると推測される。これらの地域のニーズは十分に満たされていない。人びとは予防手段がなく、効果的かつアクセス可能な医療ケアがないため、ごく一般的な感染症や伝染病で命を落としている。
国民のニーズに焦点をあてた対策が早急に必要である。

MSFは性的暴行の被害者に医療を行っている。しかし、性的暴行はタブーとされているため、治療を受けようとしない被害者も多い。
MSFは性的暴行の被害者に医療を行っている。しかし、性的暴行はタブーとされているため、治療を受けようとしない被害者も多い。
国民の医療ニーズを満たすことを最優先にして対策を立てる必要がある。壊滅的な死亡率を下げるために緊急に医療的な措置を取らなければならない。医療措置は防衛力の問題や長期開発目標よりも優先する必要がある。
今もなお人びとの健康状態が悲惨であること、そして人びとが置かれている危険な状況を考えると、彼ら自身に医療費の負担を求めるのは不適切である。
DRC政府および国際社会は、現地の医療部門に資金を回すことを最優先しなくてはならない。
死亡率を低下させ、医療へのアクセスを改善するためには、政治的な決定をして大規模な予算を医療部門に割り当てる必要がある。
国の努力はもちろん必要だが、それだけでは不十分であろう。世界保健機関(WHO)の基本的医療ケアに関する試算によれば、たとえDRCが国際的な援助を受けて国家予算の15%相当を医療予算に充てたとしても医療ニーズの10分の1程度しかカバーできないという。
各国は人びとのニーズに答えるために資金供与を続ける必要がある。また、人びとの悲惨な健康状態を考えれば、DRCの人道援助活動においては、医療ケアを最優先事項としなければならない。
DRC国内の全ての関係者は、今日でもあまりに多くの国民が亡くなっている事実を踏まえ、優先事項を変更し、施策を変える必要がある。
結論
最初の一連の調査から4年がたち、正式な停戦合意から2年が経過したにもかかわらず、DRCの状況はほとんど改善されていない。死亡率や医療へのアクセスについてはむしろ悪化している。激しい暴力は影を潜めたとはいえ、依然としてさまざまな形の暴力が続いている。
国際社会の基準に照らし合わせると、支援の点ではDRCは移行過程にあると位置づけられている。いまや人道的な関心は開発問題の陰に隠れがちで、緊急援助は長期目標のために、体制の変更を余儀なくされている。
だが、人道援助のニーズは今も変わらず存在している。国のおかれた段階を定義しなおすだけでは、人々のニーズに答える責任はなくならない。
MSFとしても、国の長期的な公共医療政策だけを支援し、緊急に求められる人道援助を無視したのでは、人びとが今必要としているものに応えることができない。
今日DRCに住む大多数の人たちが経験している、苦しみや絶望的な状態を無視したとすれば、どんな医療政策であれ、死亡率を下げ、医療へのアクセスを向上させるという点では、大きな成果は期待できない。
付録:現地の証言
ブンケア地域 D氏 私たちの住んでいるローロ村は陸の孤島で、ワカから52kmも離れています。5才の子供が下痢を起こしたときは、診療費の安い診療所が近くにはないので、持っていた薬を使うことにしました。そして症状が悪化してから、治療を受けられるかもしれないと思ってワカまで行く決心をしたのです。しかし、長旅の末にワカにたどり着いたときには、子供はすでに脱水状態に陥っており、診療所に点滴はありませんでした。子どもは亡くなりました。 ルブツ地区 Aさん 2005年3月12日のことでした。私はフフ*を売りにいきました。夫の授業料の足しにしようと思ったのです。帰途についたのは午前11時ごろでした。トコビカのダイヤモンド採石場の周辺であちこちから銃声が聞こえました。私は武装した男たちに森の奥に連れ去られました。そして強姦され、2日間にわたって彼らの妻の役をさせられました。3日目に川に水を汲みに行かされた時に何とか逃げ出し、一夜を森の中で過ごしてから、翌日の午後2時ごろにルブツに向かう主要道路を家へと向かったのです。 *ヤム芋などから作るアフリカの食品
調査報告書(全文、英語)
MSFの調査報告書「DRCにおける医療へのアクセス、死亡率、暴力」(英文、PDF)をダウンロードできます。右の画像をクリックしてください。
1* コンゴ民主共和国:イトゥリ地方ブニア市外でのプログラムを閉鎖し、住民への許し難い暴力がはびこる現状についての報告書を発表
2* MSFは上記の5地域のうちブンケヤおよびキルワで部分的に援助を行っている。ブンケヤには、スペインのキリスト教団体が支援を届けている。イノンゴとルブツには援助の手が届いていない
3* Silence on meurt, MSF Belgique, Editions l'Harmattan, 2003; Acces aux soins et Violences au Congo, Resultats de cinq enquetes epidemiologiques, MSF Belgique, decembre 2001; CONGO 2000 - Sante d'Etat, Etat de sante, MSF Belgique, 2000; Populations en danger au Zaire, MSF Belgique, 1993.
4* 報告された暴力に含まれるのは、窃盗、放火、拷問を伴う投獄、殴打、刃物または銃による殺傷、地雷、強姦、強制入隊など。
5* 調査は2004年から2005年初頭にかけて行われた。"5"などの表記は、該当年度の調査が、年間を通じて行われていないことを示す。
















