スーダン
活動の背景:武力紛争、風土病/伝染性疾患、社会的疎外
活動スタッフ:4590人

2005年1月、スーダンでは南北包括和平合意が調印され、数十年におよぶ内戦に終わりを告げた。2006年5月にはダルフール和平合意の調印が行われ、さらに2006年10月の和平合意によって、同国東部で一触即発状態だった紛争に終止符が打たれた。しかしながら、ダルフール地方では治安回復が見込めずに住民の避難が続き、多くの人びとが同地方全域で、最も基礎的な医療も受けられない状態にある。
スーダン南部の全域で、医療体制はほぼ完全に再構築せざるを得ない状況にあり、またスーダン保健省には、同地域を頻繁に襲う主要な感染症に対処する能力が欠けている。国境なき医師団(MSF)は、コレラ、はしか、髄膜炎の流行に何度も対応してきた。2007年の3月と4月には、約70万人の子どもに髄膜炎の予防接種を行った。
スーダン南部の上ナイル州では、MSFは一次医療に重点を置いた多くのプログラムを継続している。社会基盤が絶対的に不足しており、特に雨期にはこの地域のほとんどで移動が非常に難しくなるため、現地で活動しているNGOはほとんどない。MSFは、かつての前線地域で石油採掘拠点としての重要度を増している上ナイル州西部のレーの町で病院を運営し、入院および外来治療、結核治療、産前ケアを提供し、外科治療・栄養治療プログラムも実施している。2006年12月以来、HIV/エイズ患者向けの抗レトロウイルス(ARV)薬治療も行っている。
ソバト川上流地域では、かつて軍が駐屯していた町であるナシールで病院を運営し、ボートか空路でしか赴くことができない上ナイル州北部でアウトリーチ*の診療所4ヵ所を運営している。道路が通じていない遠隔の農村地域であるジョングレイ州と上ナイル州東部では、ランキエンとピエリの町で診療所を開設している。MSFはどちらの診療所でも入院・外来治療による基礎医療を提供しており、また、結核とカラアザール(内臓リーシュマニア症)の治療、産前ケアを行っている。施設および家庭を拠点とした栄養治療プログラムも実施している。
アウトリーチ活動チームは、周辺地域の診療所4ヵ所をカバーしている。ジョングレイ州では、ボーにある民間の紹介病院で月平均4500件の診察を行っている。この病院は二次医療施設に相当し、外科治療、入院および外来治療、産科治療を実施している。またピボーでは、MSFは郡立の拠点診療所1ヵ所とアウトリーチの診療所2ヵ所を運営している。
西赤道州のヤンビオでは、2006年10月に新たなアフリカ睡眠病治療プログラムを開始し、地域社会への情報提供とスクリーニングの実施に重点を置いている。MSFはアフリカ睡眠病治療用の病棟をヤンビオ郡立病院に設置した。このプログラムを開始して以来、合計2500人の患者がスクリーニングを受け、78人が治療を受けている。
プログラムの引き継ぎ
石油資源が豊富なユニティー州の州都ベンティウで、MSFの医療チームは、HIV/エイズと結核、そして生命に関わる危険のある寄生虫症のカラアザール(内臓リーシュマニア症)の二重感染患者の治療を行っている。2007年に患者数が減少したため、MSFは、2007年の終わりまでに活動を現地機関に引き継ぐ準備を進めている。
スーダン東部では、ポートスーダン病院の支援を継続する一方で、首都ハルツームでは2006年12月にミゴマ孤児院での活動を現地の協力団体に引き継いだ。
バハル・エル・ガザル州では、MSFはアクエムにある病院での活動を2007年3月に終了した。MSFはこの病院を、スーダン政府と反政府勢力(スーダン人民解放軍)の間で内戦が続き、人びとがほかの医療施設にアクセスできないでいた1999年に設立した。このプログラムにより、アクエムにおける一次医療と二次医療、栄養治療センター、結核治療を確立した。2006年中に、約6万人が診察を受け、結核だけでも345人が標準的な治療を受けるために入院した。マリアル・ルーにおける2つ目のプログラムも、2007年半ばに終了した。
*こちらから出向いて、援助を必要としている人びとを積極的に見つけ出し、サービスを提供すること
ダルフール地方における活動

ダルフール地方の状況は、2006年、2007年を通じてほとんど、または全く改善されていない。同地方で紛争が始まって4年になるが、今も2百万人以上が避難民キャンプで暮らしており、暴力が続き、一部の地域には未だに援助従事者がほとんど赴くことができない。2006年5月にダルフール和平合意が調印されてから1年の間に、政府側・反政府側の双方で武装グループがさまざまな分派へと分裂した。治安が悪化したためにMSFは一部の活動を一時的に縮小し、活動敷地内への攻撃や路上での襲撃の危険のために診療所を数度にわたり一時閉鎖している。チームが一時退避を強いられることもあり、MSFは多くの地域で輸送を空路のみに頼っている。同地域では、MSFのスタッフ2千人以上が活動を行っている。
山岳地帯であり反政府勢力の支配下にあるダルフール地方のジェベルマラ地域は、特に懸念される地域である。NGOに対する暴力行為や治安の悪さから、この地域に人道援助を届けることは非常に困難である。MSFは、ジェベルマラ山地の丘陵地帯にあるニエルティティの町で、月平均で診察4500件と入院治療200件を行っている。救急患者はザリンゲイの病院に移送する。MSFはこの移送体制を技術的に援助しており、この体制を通じて月平均600人が入院している。
クトゥルムでは、MSFはジェベルマラ山地西部全体で唯一の医療施設である診療所を運営している。ここでは月平均で約1400件の診察を実施している。
MSFは同地域のカグロ、キリン、ゴルニでもプログラムを行っているが、外国人派遣ボランティアの一時退避が日常化している。 2006年と2007年にかけて、セレイアでは戦闘が続いた。負傷者の治療と緊急産科症例の支援を行うため、2007年初めに4人編成のチームが手術設備を設置した。このチームは診療所への援助も行い、また移動診療も計画している。
西ダルフールの州都エル・ジェニーナでは、総合病院の救急病棟と外科病棟を支援しており、医薬品、医療物資と技術的な支援を提供している。 エル・ジェニーナ北部に戦闘が拡大したことで、2006年12月には数千人が避難民となり、そのうち5千人が近くのアルダマタとドルティにあるキャンプに到着した。町の周辺地域にあるアルダマタ・キャンプで、MSFは新たに到着した避難民のスクニーニングを行う移動診療ユニットを立ち上げ、1週間足らずで500人以上の治療を行った。ムハジャリヤの町では、2006年にMSFは暴力による負傷者574人に外科手術を行った。2006年末にかけて戦闘が勃発し、約5万人が避難民となった時には、MSFのチームが食糧と外来医療サービスを提供していたセレイアへ約2万人が避難した。MSFは、2007年4月にシャリヤにおけるプログラムを終了することができた一方で、同じ南ダルフール州で、フェイナにいる数千人の避難民に医療を提供するために新たにプログラムを開始した。
北ダルフール州のセリフ・ウムラでは、数度にわたって一時退避しながらも、MSFは4万人の避難民に医療を提供し続けている。
大規模な避難民キャンプにおける活動も継続している。チャドとの国境に近いハビラ・キャンプではベッド数30床の入院病棟を備えた診療所を運営している。この診療所では、重度の栄養失調に陥っている子どもへの集中栄養治療、産前ケア、分娩補助を行っている。この診療所では月平均で35件の出産が行われている。 アウトリーチ活動スタッフは、衛生教育や紹介先の病院への患者の移送を援助している。2006年中に、外来部門では2万5千件の診察が行われ、750人が入院治療を受けた。2007年初めにチャドで治安が悪化したことを受けて、数千人がハビラの南にあるフォロバランガ地域へと避難した。MSFは移動診療体制を立ち上げ、推定3万5千人を対象に5ヵ所で基礎医療を提供している。
西ダルフール州の、やはりチャドとの国境線沿いにあるウムドゥフンでは、MSFが紛争による被害を受けた人びとに外科医療を提供していた病院を、現地機関に引き継いだ。2006年にMSFは、同地域に新たに到着した避難民に対してビニールシートと毛布の配布を行った。
モルネイ・キャンプでは現在も6万8千人の避難民が生活している。MSFはここでの3年間にわたる緊急援助の後に、2007年6月に医療活動を既にキャンプ内で活動していた保健省を始めとする諸機関に引き継いだ。
2007年にはMSFの複数のチームが、ザリンゲイとニヤラの中間に位置する7万5千人収容のカス・キャンプでの活動を開始した。MSFは、北ダルフール州のシャンギルとシャダトの両キャンプで暮らす2万5千人の避難民およびシャンギ・トバヤ村の住民に医療ケアを提供している唯一の人道援助団体である。またMSFは入院・外来医療サービスを提供し、女性向けの医療プログラムと集中栄養治療プログラムを運営し、暴力の被害者を援助している。外来部門では1日に約200件の診察を行っている。
9万人以上が暮らすカルマ・キャンプは、今もなお世界で最大規模の避難民キャンプのひとつである。MSFはこの診療所では、毎月約120人の女性が出産を行う女性専用の診療所を通じて、母子医療に重点を置いた医療援助の提供を継続している。心理ケアプログラムも開設しており、人びとが暴力や避難から来る心理的ストレスに対処できるよう援助を行っている。
MSFは1979年からスーダンでの活動を行っている。














