パレスチナ
活動の背景:武力紛争
活動スタッフ:68人

パレスチナ内の衝突や襲撃、イスラエル国防軍(IDF)による住居の破壊、武装勢力の指導者とされる人物を狙った暗殺など、パレスチナの人びとの生活に暴力が広がり続けている。占領の続く西岸地区の住民は、移動を著しく制限する検問所や入植地の増設、通行許可制度によって圧力を受け続けている。
2006年1月のパレスチナ評議会選挙でのイスラム原理主義組織「ハマス」の勝利を受けて、国際的な資金拠出機関が経済制裁を行ったことで、すでに不安定であったパレスチナの情勢はさらに悪化した。これにより、ガザ地区では人道援助物資を除く全ての物資の輸出入が制限されるようになった。多数の援助機関が直接寄付を行ったにもかかわらず、国際的な資金援助の停止やパレスチナの公共医療サービスの崩壊によって、医薬品や医療物資が危機的に不足する事態を招いた。2006年の10月から12月の3ヵ月間は、財源の不足により給与不払いとなった、特に西岸地区の医療従事者による民間ストライキが発生した。国境なき医師団(MSF)チームはこのような情勢を注意深く監視し、ガザ地区とヘブロンにある病院に定期的な寄付を行った。
2006年7月、MSFはヘブロン市に一時的な緊急医療プログラムを設置した。アリア地区病院には毎月物資の提供を行い、また重症の慢性疾患の患者のための診療所をヘブロン市内に開設した。2006年には、約2750件の診察が行われた。
ヘブロンの診療所を開設した直後に保健省職員によるストライキが始まったため、MSFは産前・産後ケアを提供する移動診療を開始、またヤッタに2ヵ所目の診療所を開設してサービスを拡大した。この2つの活動は2007年初頭まで続けられた。
心理ケアの継続的なニーズ
MSFはヘブロン、ナブルス、ガザにおいて、パレスチナの人びとに包括的な医療、心理、社会的支援を提供するプログラムを継続して行っている。このプログラムは心理療法を中心としたもので、医療的・社会的支援を必要としている人、あるいは医療サービスが受けられない人びとを援助するためにソーシャルワーカーや医師らが総合的な取り組みを行う。このプログラムは、主に暴力の影響を受ける環境下で暮らす人や、極めてストレスの多い生活状況に置かれた人びとが精神的に必要とするケアを中心としたものである。心理療法士は不安や絶望、心的外傷後ストレス障害(PTSD)やその他の症状に苦しむ患者の診察を行い、患者個人や家族、グループに対し短期間の治療を行っている。月に約100~150人が精神的な症状を訴えて訪問する。2006年には、ガザ地区だけでも2000人以上に対して心理ケアの診察を行った。2007年、MSFチームは援助を求める人の増加を確認している。
治安悪化によりスタッフが一時退避
2006年から2007年を通じて、ガザ地区および西岸地区のナブルスでは、不安定な情勢によりMSFのさまざまなプログラムが一時中断を余儀なくされた。2007年5月の派閥間の衝突に続き、6月にはハマスがガザ地区を制圧し、MSFの外国人スタッフはガザ地区から一時退避した。MSFは、現地スタッフによる診察を患者の自宅や一定の場所で継続し、また二次医療施設に必須の医薬品を寄付するなどの柔軟な対応によって、断続的にではあるが援助活動を継続して行った。2007年7月には、心理ケアプログラムについては徐々に通常の活動に戻ってきている。MSFは7月、戦闘の際に暴力の犠牲となった何百人もの負傷者に対する3ヵ月の術後ケアと心理ケアのプログラムも開始した。また、重傷を負ったパレスチナ人に専門的な外科手術を施すために、患者をヨルダンのアンマンにあるMSFプログラムへ移送する試みも行われている。
MSFは1988年からパレスチナでの活動を行っている。














