ニジェール
活動の背景:風土病/伝染性疾患、社会的暴力/医療からの疎外
活動スタッフ:1546人

2005年にニジェールで起きた深刻な栄養失調は、国際的な対応を呼び起こしたが、ニジェールでは現在も尚、栄養失調は再び起こり得るものであり、命を脅かす危険性がある。この国では、5月から10月の間のハンガーギャップ(端境期の飢餓)の時期になると家庭の備蓄穀物が底をつく。 たとえ国のどこかで穀物を余剰に収穫できたとしても、自由市場経済システムの下では、食料は貧困層には手が届かない。5才未満の子どもの死亡率は極めて高く、戦争中の国の死亡率に匹敵するほどである。
2006年、国境なき医師団(MSF)は栄養失調の子どもを治療するため、比較的新しく開発されたそのまま食べられる栄養治療食(RUF)を使用した。これは、ピーナッツとミルク原料で栄養素を豊富に含んだペースト状の真空パックの食品である。持ち運びが簡単なこのRUFのおかげで、合併症を発症していない子どもであれば外来患者として在宅で治療が出来るようになり、従来の10倍の患者を治療できるようになった。自宅でこの治療食を与るだけでよく、母親にとってこの治療法は非常に簡単なものである。RUFを用いた中程度の栄養失調児の治療では、平均1ヵ月弱で回復しており、この治療法は極めて効果が高いことをMSFは実証した。その唯一の障害は価格であり、MSFはRUFの価格の引き下げ、および政府や他のNGOに対してはRUFの使用拡大を訴えている。
MSFは2006年末までに、マラディ県のギダンルンジとマダルンファの2つの地域だけでも、重度と中程度の急性栄養失調児7万3千人以上を治療した。そのほとんどが3才未満児であり、治癒率は90%以上であった。ザンデール県では1万7千人以上の栄養失調児の治療を行った。また、マラディ県のダコロとアグイエ、タウア県のマドゥアとブザでも栄養治療プログラムを実施した。MSF全体では、 ニジェールにおいてハンガー・ギャップの時期に、30ヵ所以上の栄養治療センターで約10万人の栄養失調児の治療を行った。
栄養素の不足は免疫システムの障害も引き起こし、病気にかかるリスクを増大させる。そこでMSFではプログラムを実施する医療施設で子どもたちに医療ケアを無償で提供している。ギダンルンジとマダルンファでは、保健省と提携し、5才未満の病気の子どもを対象に診療を行い、診療件数は13万件近くに上った。重症の4500人は、マラディ、ダンイサ、チビリの小児病棟に入院した。8月から12月の間、タウアでMSFが支援する各医療施設では、1ヵ月に合計で約7260人の新規患者を受け入れた。MSFはまたタウアの地域病院の小児科病棟の支援も行い、2006年は400人の患者を治療した。さらに、マラディ県アグイエにある4ヵ所の診療所を通じて9600人の患者に無料の医療ケアを提供した。
2007年3月には、ダコロ病院と、ダコロ地域にある5つの診療所の支援を開始した。MSFは栄養状態の監視やスクリーニングの実施、栄養失調の治療を通常の医療ケアの枠組みの中で実施することで、栄養治療を小児医療に取り込んでいる。これにより、早期に栄養失調の子どもを特定し、また年間を通じて状況の監視が行えるようになった。
さらに、MSFは2006年から2007年にかけてニジェールで発生した数々の感染症にも対応した。国内の数ヶ所でコレラが発生した後、2006年9月にマラディ県内に数ヵ所のコレラ治療センターを開設した。
2007年2月にタウアで髄膜炎が流行し、3月にははしかが大発生した。MSFは現地保健省と協力して集団予防接種を実施した。
MSFは1985年からニジェールでの活動を行っている。














