つかの間の人道主義
国境なき医師団(MSF)インターナショナル 事務局長 クリストファー・ストークス

人道援助は、今日も人命を救っている。その期間は、平和が訪れるまで、復興が行われるまで、開発が行われるまでと、はっきりとは分からない。人道援助は多くを構築するものではない。近い将来復興ができるようになるまでの短い期間、人命の救助に専念することがその役割である。この活動は希望に溢れたものではなく、一過性のものであり、援助を必要とする犠牲者のもとで、彼らが危機や紛争、感染症を生き延びるための支援を行うことが可能かどうかをその時々に判断しつつ実行しなければならない。この点に関して、イラクでは、現在どの紛争地域よりもはっきりと人道援助の限界が露呈されている。
国境なき医師団(MSF)が自らに課した使命にもかかわらず、私たちは、行う援助の有効性、活動の方法、改善の必要性を絶えず見直しつづける必要がある。2007年MSFにとって特筆すべき点は、複数チームがイラク紛争の中でまがりなりにも活動を再開したことであった。MSFは2004年末、赤十字国際委員会(ICRC)および国連の事務所への攻撃、イギリス人人道援助従事者マーガレット・ハッサンの暗殺、バグダッドにおける治安に関わる事件の多発を受け、すべての海外派遣スタッフを撤退させた。またイラク人協力者のうち最も危険な立場に置かれた一部の人びとが国外に避難するのを支援した。MSF内部では、イラクの「外からの」援助を継続することに賛成する者と、見たところ援助活動を行うことが不可能に思える治安環境を鑑み完全撤退を求める者との間で白熱した議論があったが、安全な近隣諸国から最小限の援助プログラムを継続するという選択肢は、直ちに却下された。イラクの状況は、MSFの活動が備えている、あるいは備えていないリスクに関するより広範な議論を引き起こした。MSFが日頃活動を行う環境を考慮すれば、リスクを負うことは人道的活動のためには不可避であると考えられてきたが、ここで制約を設けようとする意思が見られた。MSFスタッフの人命が失われたことは受け入れがたく、またそれは、極度の紛争状態においてさらに急を要する人命救助のために生じた犠牲、すなわちMSFが受け入れる準備ができている犠牲でもなかった。MSFのアソシエーションとしての性質を鑑みても、この変化は驚くべきことではない。MSFの活動の各部分は、それぞれに独立し、会員制度、議論の方法、意思決定において本質的に平等な権利を持つ各国支部に対して責任を負っている。
問題は、過去3年間における紛争の拡大、特に2006年以来の、イラク中・南部と、勢いを得つつある北部のキルクークおよびモスール周辺における紛争の拡大である。感情を排除した統計だけを見るとき、イラクでの紛争は、武力により直接生じた死亡者数において、現在スーダンのダルフール地方を含む全世界で最も残酷な紛争であるといえる。この夏、医療ニーズを調査するためにヨルダン、レバノン、シリアでイラク人難民と面会した際、私は、紛争により家族が離散し、多くの犠牲者が生まれている様子に大きなショックを受けた。国際報道では自爆テロばかりが取り上げられ、多くの人が日常的に暗殺されている状況、国内の至る所に突然設置されては姿を消す検問所での裁判なしの処刑、相次ぐ誘拐と失踪といった現実が覆い隠されている。これらの犯罪が入院患者に対してさえ行われている。イラクの一般市民には、安全な避難場所は存在しない。
こうした状況にもかかわらず、この紛争は、現地で効果的な支援を提供する国際的な人道援助機関がまったくいないという点でも際立っている。MSFも例外ではなく、イラクにおいて効果的な人道援助を提供することはできていない。それは治安の悪さゆえである。現地で活動を行うMSFチームの安全は、その地域の人びとと現地当局に受け入れらることを条件として成り立つ。他にも援助をもたらすことを可能にする方法はある。防弾ジャケットの着用、防弾車両などの防衛策、武装した護衛を抑止力として用いることなどだ。もしこうした抑止力を用いることを選ぶならば、MSFは重武装した多国籍軍などによる緊密な保護のもとで活動する必要がある。数年前に一部の団体がこの方法を取ったが、現在までに事実上そのすべてが中止している。MSFの見解では、医療援助を提供するために自らを重武装で保護する方法は、中立性や独立性という人道援助の基本原則と折り合いをつけることが非常に難しい。さらに、抑止力の利用により地域社会や現地当局との距離ができてしまい、長期的には援助を提供する能力に障害が生じる。

活動を広く受け入れてもらうことにより成立する援助は、この紛争においては確立させることも持続させることも非常に困難である。独立した人道援助が機能するためには、最低限受け入れられていることが必要であり、現地の人びとが援助の基本的な目的を支持していなければならない。さらに、武力を公的に独占している存在により安全が確保される必要がある。だが明確な前線がなく、単一の勢力が一定の地域で武力の公的な独占を確立してしない紛争状態では、援助物資や援助従事者の分配・配置に関する交渉上で妥協の必要が生じる。さらに悪いことには、その結果としてイラク人と協力して活動する効果的な援助機関が存在しないため、外国人および欧米機関に対する不信が高まっている。今日のイラクにおける幾層にも重なる暴力行為が、一般市民に対する効果的な援助を妨げている。一方、ソマリアにおいては、真の人道援助の場の確保に必要な最低条件はそれほど厳しくない。MSFはこの10年間国内の広範囲にわたって活動し、多数の医療チームを配置して救命援助を行っている。ソマリアは氏族および氏族間の同盟関係により分割されているが、各氏族が支配する地域の中にかろうじて援助を行える余地があるため、プログラムを注意深く計画し、実施することが可能となっている。「人道援助の場」、すなわち援助ニーズを見極め、援助を提供し、援助の役立てられ方を管理するために必要な空間は、与えられるものではない。MSFが時には辛い経験をしながらも、パレスチナ、リベリア、コートジボワール、コロンビアなどの危険地帯において、交渉し、維持することを学んだものである。
多様な、そして変わりやすい暴力の形に対応するには、それぞれに異なる戦略が必要となる。MSFの強みを弱みに変えてしまわないようにすることは、ひとつの挑戦である。MSFが世界中で開始する多数の緊急援助プログラムに疑問を呈し、批判を行い、方向付けを行う医師、看護師、ロジスティシャンら献身的な外国人派遣スタッフの離職率の高さが、紛争地帯のイラク人たちとの強固なネットワーク構築の妨げとなってはならない。イラクにおける活動は手探りであるため、彼らの協力なしには援助の実施は不可能である。援助を必要とする人びとと話し合い、直接ニーズを見極め、どのように援助を計画するかを調整するためにMSFのスタッフをイラク国内に送ることが出来ないとすれば、現地の協力者と共に、そして彼らを通じてしか援助は出来ない。MSFは、イラク人への援助を再開する最初の段階として、近隣諸国に拠点を置く遠隔管理によるプログラムを開始した。この段階のすべてがうまくいくようになって始めて、調査のためのイラク訪問が可能となる。援助チームがイラク国内で実効的に活動を行うのはさらに後の段階である。援助物資の輸送にしても、武装勢力や近隣諸国が設置する多数の公式・非公式の検問所を通過できる現地の貨物業者を通じて、断片的にかつ秘密裏に運ばなければならないような環境では、MSFの持つ輸送能力や組織力もあまり意味をなさない。イラク国内の医療機関の病院長や外科チームなどが秘密裏に援助を要請してくるが、彼らは、国際援助団体などの外国機関との関連性が明るみに出れば暗殺の可能性もあるという危険を背負っている。人命救助は、イラク人と外国人援助従事者にとって一様に生死に関わる仕事である。数百人の医師がこの紛争で殺害されている。
さらに驚くべきことに、MSFの基本原則である独立性が、この環境では活動上の明確な利点となっていない。MSFはイラク周辺のいくつかの国で難民への援助を試みているが、政府の公的基金から拠出される財政支援を通じて特定の国家と強いつながりを持ち、また密接にその後援を受けている援助団体の活動が優先されている。「悪の枢軸」のレッテルを貼られ孤立した国は、海外諸国の強力な支援を受けたNGOがその支援国との橋渡しをしていると考えてもおかしくない。さらに、真に独立した民間の援助団体という概念に不慣れで不信感を持っている国では特に、国家、そして海外諸国との緊密な繋がりは、その団体が国家に操られていることの表れであると受け止められる。
人道援助の基本原則を希釈することはできない。基本原則はMSFの存在意義に深く根付いており、これらについて再び検討するつもりはない。実際、独立性、公平性、中立性に対する強い信念に基づいた取り組みの長期的なメリットは安易な妥協に優る。MSFは、これまでその活動の指針となってきた原則を維持し、現実に即した革新的な活動戦略を適用していく必要があるだろう。
ヨルダンまたはクルド地域を経由して、紛争で荒廃したイラクの病院に、大いに必要とされている医療物資を届ける遠隔管理活動を通じて、MSFは国内への足がかりを何とか得ることができている。さらに、「入国できるようになるまでの間、可能な援助を行う」という考えに従い、イラク人医師たちのネットワークを通じて、再建手術および整形外科手術を要する患者(多くの場合爆撃による負傷)をヨルダンでのMSF外科治療プログラムへと、慎重に搬送している。患者はここで、イラクでは受けることのできない専門的な診療を受けることができる。MSFは同様の戦略をクルド地域でも採ろうとしている。医療物資の提供や患者の搬送は、どちらもそれ自体が有益であるが、これらの活動は、イラク国内の最も緊急のニーズが存在する場所にチームを配置するために必要な手順でもある。患者が溢れる救急部門に勤務する医師らが説明しているように、医療専門家の国外脱出の増加による影響が深まり、また紛争のために患者数が恒常的に多いため、MSFチームをイラク国内に配置する必要性はこの1年間でさらに高まっている。MSFは2005年に「遠隔管理による活動は試みない」という疑問を含む決断を下したが、イラク国内の荒廃ゆえにこれを覆した。
この新たな世紀に入って最悪の紛争地帯には、外国からの援助が存在していない。それとは対照的にスーダンのダルフール地方では、状況は切迫し、しばしば活動が脅かされているものの、MSFの海外派遣スタッフ100人以上が活動を行っている。戦渦にあるイラク中部および南部を合わせてもゼロという数と比較すると、人道援助団体の無力を痛みと共に再確認せざるを得ない。
紛争の犠牲者を援助するための努力をMSFが放棄することはないが、イラクにおいて真の活動の場を勝ち取るには、長く険しい努力が伴うであろう。平和が訪れ、復興が始まる以前の段階にあるイラクで、人道的活動は、効果的に人命を救うことができていない。MSFは新たな戦略によって紛争地域への道が再び開かれるまで、主要なニーズがある地域ではなく、その周辺で人道援助活動を続けざるを得ない。














