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MSFにおける外科治療の最前線

国境なき医師団(MSF)インターナショナル 編集担当 キャロリン・フェルトハウス

人道援助の現場における手術というと、多くの人は、戦争の前線の混乱した状況で医師が荒々しく手術を行うテレビの場面を思い起こす。そのようなイメージが、30年におよぶMSFの外科治療の歴史を端的に表しているのは明白である。だがその一方で、外科治療は新たな現場の実情に適応し、より高度な医療上の実践を取り入れながら進歩を続けている。外科治療は、ある種の医療ニーズに応える唯一の適切な手段として、MSFの医療援助に不可欠な部分となっている。2006年には、約125のプログラムに外科医が派遣され、世界中の約20ヵ国において6万4千人以上に外科治療*を行なった。

MSFは人道援助の場を確保することができる紛争地帯で外科手術を続けており、チームは、コンゴ民主共和国やソマリアなどの情勢が不安定な場所で活動を行っている。2007年にソマリア南部の町、キスマヨで開始した新規のプログラムに配属されたイギリス人外科医であるポール・マクマスターは、自身の仕事をこう語る。「チームは腹部の銃創を多く見ており、私もカラシニコフで腕が砕けた患者を見たばかりです。これまでで一番忙しかった日、私は爆弾の爆発で火傷を負った子どもの皮膚移植を行っていました。負傷者は約15人でした。治療の優先順位を決め、容態を安定させる処置をとるのに1時間半かかり、それから晩まで、顔面の激しい損傷の処置から傷口の縫合まで、さまざまな手術を行いました。」

戦争という状況下では、外傷による死亡の96%が、負傷後4時間以内に起きるという報告があり**、医師が救命活動を行うためには、患者の近くにいることが不可欠となっている。MSF日本前会長の臼井律朗医師(外科医)は、外科チームが目にする傷の種類が、紛争が起きている場所からの距離や時間と相関関係があることを説明し、医師が近くにいる重要性を強調する。臼井医師は述べる。「負傷後24時間経つと、腹部や胸部に傷を負った人は既にほとんどが亡くなっているため、私たちが目にするのは主として四肢の損傷になります。」

MSFは、激しい暴力が発生しているナイジェリアのポートハーコートと、ハイチのポルトープランスでも、外科治療の膨大なニーズを満たすべく、現地の病院内に外傷治療センターを開設した。2006年には3千件以上の外科処置を行ったが、その多くは銃やナイフによる傷、殴打、交通事故、火傷によるものであった。設備が整った外傷センターでは、理学療法、心理カウンセリング、人工補装具の紹介などのリハビリテーション・サービスを展開している。

イラクのような状況下では、兵士であれば負傷しても優れた医療や外科治療を受けることができるかもしれないし、迅速な搬送も可能かもしれない。しかし、医療・人道援助団体が、一般市民の負傷者を救うために彼らのもとで活動することは非常に困難である。前線が不明瞭なために安全上のリスクが極めて高い地域もあり、交通には危険が伴い、医療インフラも次第に破壊されている。

戦争後の再建

医師が近くに留まることができない場合でも、負傷時に適切な医療を受けられなかった患者を手助けするための手術は可能である。イラクで負傷した人びとのためのMSFの最初の外科的対応は、ヨルダンの首都アンマンの赤新月社病院における、形成再建外科治療、顎顔面外科治療、整形外科治療プログラムであった。人びとはここで、顔に負った傷や、骨や傷の感染症の治療を受けている。手術は近代的な設備が整った病院で行うため、MSFは、内固定や光ファイバーの挿管など、患者の顔面の解剖学的構造が破壊されている場合には、麻酔を使用する必要がある高度な技術を用いることも可能である。

「夕食の後、無線で病院に呼ばれて行くと、十数人の負傷した一般市民を載せたトラックが到着していました。患者にトリアージを行い、私が最初に手術したのは25才の二児の母親でした。胸の両側に一つずつある銃撃による傷から出血していました。呼吸も非常に弱く、意識不明の状態でした。胸部ドレーン2本をそれぞれの胸腔に一本ずつ挿入し、大量の血液を抜くごく基本的な外科処置を行いました。呼吸は改善しましたが、ボンベが一本しかないため、酸素を外さざるを得ませんでした。彼女は一週間にわたり意識不明でしたが、最後には回復しました。彼女は軍用トラックに乗っていて襲撃されたと話してくれました。一般市民は、お金を払って乗せてもらっていたのです。」

MSF日本 前会長 臼井律朗医師
2001年、ブルンジ共和国マカンバ州にて

アンマンの医師らが診察しているのは、たとえばゼイナブ(36)のような患者である。この女性は2004年、人びと共に小型トラックで聖地ナジャフに向かう途中、十字砲火を受けた。車両は大破し、ゼイナブ以外は全員が死亡、ゼイナブも2才の息子とお腹の子を失った上に両足を骨折し、腕とあごも骨折した。イラクの外科医が彼女の足を内固定したが、右足に入れたプレートが深刻な骨の感染症のために破損した。2007年に彼女はアンマンに移送され、再び歩けるように医師が感染症の治療を行い、固定材を再固定した。

チェチェンでは、紛争で重傷を負った人びと向けの再建外科治療プログラムを2005年に開始している。患者の中にはゼイナブのように、十分とはいえないものの負傷した時にできる限りの医療や外科治療を受けたという人もいる。ここでも他の場所と同様に、MSFの行う援助には、これまで用いられていた不安定な工業用酸素の代わりに酸素濃縮器を提供するなど、より安全に手術を行い、感染のリスクを下げる総合的な手段を提供する活動が含まれている。

これらの進行中のプログラムに加え、巡回ベースによる戦争の負傷者の手術も行っている。ウガンダでは爆弾、銃弾のみならず、なたも用いた広範にわたる暴力が行われ、その結果、鼻、耳、唇の切除など、顔面に損傷を負った犠牲者が残された。MSFはキトグムで2005年と2006年に、戦争に関連する負傷や火傷、唇や口蓋に裂傷を負った犠牲者24人に再建手術を提供するため、外科治療を行う国際支援団体であるインタープラント・オランダと連携した。

産科の合併症とその後遺症の治療

緊急産科治療は、紛争状況下であっても、MSFが行う外科治療全体のおよそ三分の一を占める。MSFは、産前ケアが不十分であり、または医学的に必要な帝王切開を受けられず、後遺症に苦しむ女性たちに対してより多くの再建外科治療を提供している。

子宮・膣脱症と産科フィスチュラは、出産時の外傷によって起きる可能性の高い症状であるが、その特徴は、心理的ダメージや痛みに留まらず、患者の社会的排斥にまで及ぶ。子宮・膣脱症も産科フィスチュラも失禁の原因となりかねず、ある種のフィスチュラは女性が大便を常時漏らす症状を引き起こし、結果として夫、家族、地域社会から拒絶されることになる。マクマスター医師は、フィスチュラを発症している女性を多く見たと語る。「私たちの病棟に女性患者がいます。彼女は2週間前、子宮破裂を併発した閉塞性分娩で来院しました。新生児は亡くなり、私たちは母親の命を救うため子宮を摘出しなければなりませんでした。その時に、膀胱に大きな穿孔があるために尿が漏れていることに気付いたのです。これが第一子出産以来、4年間続いていました。尿が漏れて臭うため、彼女はこれまで家に閉じ込められていたのです。」

フィスチュラは先進国においては稀なため、その治療にはアフリカでしか習得できない特殊な外科手術を要する。現在、MSFの外科医数名がこの技術を習得しており、MSFを通じて外部の医療従事者のトレーニングを行っている。MSFはフィスチュラの治療をリベリア、コンゴ民主共和国、コートジボワール、チャドなど多くの国で提供しており、現在、他の場所でも行うことを検討している。ネパールのコタンにおけるプログラムでは、女性の医療ニーズに特別に焦点を当てており、2007年には子宮・膣脱症の女性を援助するため外科治療を行うネパールのNGOと協力関係を結んで、子宮脱症治療週間の組織と運営を行った。82人の女性が必要な手術を受け、2008年にもこうした協働を計画している。

“手術は成功、患者は死亡”

医療・人道援助活動としての外科治療が増加すると同時に、あらゆる状況下で、外科的スキルを補い患者に最大の成果をもたらすさまざまな要素にも細かな注意を払うことが求められるようになっている。より衛生的かつ無菌の環境を作り上げ、さまざまな医薬品や適切な設備を確保し、麻酔担当の看護師など必要な人材の供給・育成を行なえるよう、プログラムにはより高い基準や最新の治療方針を徐々に導入している。

西洋の医療上の慣習に沿って、例えばMSFは、個々の患者に合った麻酔や、痛みの管理を通じて患者ケアを改善している。コートジボワールや中央アフリカ共和国で活動を行った経験があるマシュー・マッケンジー麻酔科医は、明らかに激痛があるはずなのに患者らが決して文句を言わないことに触れ、彼が活動したアフリカの病院では、患者の痛みへの許容度がより高く、十分に治療されていないのかもしれないと説明する。MSFでは、患者の痛みの認識とその治療を次第に重要視し、現在では多くのプログラムにおいてペインスケールを導入しており、看護師が定期的に患者を回診し、必要に応じて医薬品の量を調節している。

初期には専門の麻酔医なしで機能した外科プログラムもあったが、MSFの外科治療チームにおいては、先進国の外科チームには欠かせない麻酔科医や麻酔担当の看護師の役割が、以前にも増して高く評価されるようになっている。患者や手術にとって、より安全で適切な麻酔を決定することに加えて、これらの専門家は、気道確保や静脈ラインに関する高度な訓練を受けており、手術室付き看護師以上に不可欠の存在である。MSFはいくつかのプログラムにおいて、現地の看護婦に麻酔の研修を行っている。

拡がる技術のギャップ

特殊かつ巡回ベースの外科治療プログラムを除けば、多くの活動地において、地域病院で必要な外科治療は、すなわち多くのMSFのプログラムで極めて典型的な形態は、広範囲にわたり、また基本的なものである。MSF支部の数少ない緊急治療コーディネーターの一人、ゲーリー・マイヤーズ医師は、顧みられない人びと向けの外科入院病棟における症状の内訳について、次のように推測する。「患者100人中50人が外傷や感染による軟部組織の損傷、25人が妊娠・出産時の合併症、12人がさまざまな骨の損傷や骨折、残りが火傷や敗血症などで大手術が必要か、もしくは開腹手術を必要としています。」

これらの領域のニーズに対応するために必要な技術は、整形外科、産科、内臓手術など、従来の一般外科医が持つものと非常に合っている。しかし先進国に増えつつある新しい世代の外科医は、新しい技術での訓練を受けており、技術は増々細分化されつつある。ふさわしい援助を提供していくうえで、遠隔の活動地での外科的ニーズと、より豊かなインフラで教育を受けた新しい外科医が持つ技術とのギャップが、今後ますます拡がると予想される。彼らは、内視鏡技術には精通しており、非常に特化されたプログラムにおいては有能かもしれない。しかし、MSF運営するプログラムの緊急治療コーディネーター、ナタリー・シヴェ医師は述べる。「十年以内に、私たちは、開腹の方法が分かる外科医を探すのに苦労することになるでしょう。」つまり、MSFのような団体は、熟練した医療専門家が不足する国で、人材のギャップを埋めるために、さらなる難題に直面するのであろう。

どこで線引きをすべきか

特に紛争地帯では、医療および外科治療に対するニーズは広範囲かつ困難なものであり、紛争や災害のその現場に設置した手術室で何ができて何ができないかという問題は、日常的なものである。場所と状況が最も重要な要素となる。例えば、内固定のように高度な技術は、ある場所では用いることができるが、この処置を安全かつ効果的に行うための要件が多いことから、他の場所では利用できない可能性もある。

しかし、MSFは前進を続ける。物資面においても、2005年に起きたパキスタン地震の後に初めて導入したエアドーム式テントによる病院を、適切な外科治療能力を備えるよう改良し、テストしてきた。まさに「持ち運べる手術室」である巨大な外科手術用キットを強大な木製の枠箱に準備し、直ちに飛行機に積みこむこともできる。このキットには、ベッド、救急カート、人工呼吸器など、効果的な救命手術を提供するために必要な器具と医薬品の全てを含む。難しい前提条件としては、これらを機能させる「人道援助の空間」を確保する必要がある。

その一方で、世界中の多くの場所で十分な医療ケアを受けられるようにならない限り、合併症治療のための手術もまた必要であり続けるだろう。顧みられない病気のひとつであるブルーリ潰瘍は治療薬や診断法がないこともあり、早期に治療に訪れない患者は、深刻な骨髄炎を併発する。このためにカメルーンの十代の子どもは、足を切断することを余儀なくされた。スーダンでは、産科ケアがないためにフィスチュラを発症し、このために地域社会から拒絶され、隔離されて孤独に暮らす女性がいる。これらは多数の例のうちの二例に過ぎない。設備や人材の割り当てと、苦しみを軽減するために選ぶべき事柄とのバランスを取るべく、外科治療プログラムの選択を決定するための活発な議論が続くであろう。そして議論自体が、最も困難なトリアージ***のひとつなのだ。

* ここでは、手術室で行った活動と定義する。帝王切開を含む。
** Clsper, Jon and Rew, David. Trauma life support in conflict (Editiorial). British Medical Journal 2003; 327: 1178-1197
***患者の重傷度・緊急度などに応じて治療優先順位を決めること