パキスタン
外国人派遣スタッフ 33人
現地スタッフ 308人

2005年10月8日、マグニチュード7.6の地震がアフガニスタン北東部、パキスタン北部、およびインド北西部を襲った。震源地はパキスタンの首都イスラマバードから約100キロ北で、周辺地域は激しく破壊され、死者は推定で7万6千人に上った。
最も大きな打撃を受けたのはパキスタン北部であり、約8万人が負傷、300万人が被災し、その内の多くは一瞬で家を失った。この地震発生を受け、MSFはパキスタンとインドの両側で大規模な緊急援助を開始した。
地震の直後、山道は地滑りで崩壊、あるいは寸断され、多くの犠牲者が救助を断たれた。重傷を負った数千人の人びとはヘリコプターによる避難を必要とし、その他の人びとが病院にアクセスできたのは数週間後であった。現地の人びとはけが人の救助を開始し 現地の診療所が最初に医療を提供した。パキスタン保健当局が国内全土から医療スタッフを派遣する一方、パキスタン軍はヘリコプターを動員し、避難活動を実施し、各国からの大規模な支援を受け入れられるように規制の緩和を行った。
負傷者の数は膨大な数に上り、激しい被害を受けた医療体制には極めて大きい負担となった。パキスタン実効支配地域のアザド・カシミールおよび北西辺境州では、564ヵ所の医療施設のうち、地震後に十分な機能を維持していたのはわずか199ヵ所に過ぎなかった。多くの場合、患者は仮設の病院、診療所、あるいは道路沿いで手当を受けた。
地震発生時、既にパキスタン側・インド側カシミール地方間の「管理ライン」の両側で活動を行っていたMSFチームは、直ちに緊急対応に切り替えた。MSFは、地震発生から6ヵ月以内に11万6千人の外来患者の診察を行い、軽傷者および一般的な疾病の患者の手当、そして重傷例の識別と入院施設への搬送を行った。3万を上回る人びとが、はしかなどの病気に対する予防注射を受けた。また、マンセーラ、バーグ、ハティアンの各地では、地震の被災者に対して外科手術および術後治療ができる病院を3ヵ所設置した。心理ケアはMSFの援助開始直後からプログラムに組み込まれ、最初の数ヵ月だけでも1万1千件以上のカウンセリングを行った。
多くの人びとが援助活動に関与したが、被災地の多くが遠隔地であること、インフラの破損、気象条件の悪化により援助活動は困難なものとなった。MSFは、119ヵ所で水・衛生活動を行い、10月から4月にかけて1400以上のトイレを設置し、約3万の衛生キットを配布した。しかし、家へ戻れない人びとにとっては、水と衛生の問題は依然として深刻だった。
主な懸念の一つは、間近に迫った冬が家を破壊された人びとに及ぼす潜在的な影響であった。冬が来る前にできる限り多くの負傷者を治療し、テントや毛布、そして他の食糧以外の援助物資を供給するため、医療・物資面の作業が急いで行われた。MSFは約2千トンの医療品および救援物資を被災地に送り、約8万3千世帯がこの恩恵を受けた。
各国の軍隊、国連機関、民間業者から多数のヘリコプターが配備され、基本的な救援物資の配布と負傷者の避難が行われた。そして、MSFは他の機関への依存度を低めるため2機のヘリコプターを借りて、さまざまなプログラムを実施する地域を訪問する上で独自の優先順位の設定を行った。
一部の地域では状況は厳しく、壊滅的な被害を受けたムザファラバード、バーグ、マンセーラで約2万人が医療、避難所、水・衛生面での援助に依存していたにもかかわらず、冬の間に新たな医療上の緊急事態は起こらなかった。MSFは、病院や診療所の運営、トラックによる給水、常設トイレの建設により、ムザファラバードおよびバーグ周辺の避難民キャンプに暮らす人びとへの援助を継続して行った。
パキスタン全土にわたる進行中のプログラム
地震の直後に必要とされた集中的な活動にも関わらず、MSFはパキスタンにおける通常のプログラムを、2005年と2006年を通して継続して行った。MSFは約4万件の診察を行った後、2006年4月にバルチスタン州西部のモハマッド・ヘイル・アフガン難民キャンプにおける主要な一次医療プログラムを、現地のTaraqee財団に移管した。同時にクエッタ近郊のスラム街であるクシュラックにおいてプログラムを開始した。クシュラックには、アフガニスタンから逃れた何万ものパシュトゥン人が暮らしている。ここでMSFは、1日に約130組の母親と子どもを診察し、栄養失調のスクリーニングを行っている。
クラム自治区においては、大半のアフガン難民の帰還・再移動を受けて、シャショ病院の支援を2005年9月に終了し、2006年4月には近接するアリザイ病院における入院・外来の小児科治療に切り替えた。クラム自治区と同様に、パキスタン側・インド側カシミール地方間の管理ラインに近いリーパ渓谷およびラムニアンにおいても、MSFの基礎医療プログラムの中心は母子保健となっている。2006年7月には、MSFが管理ラインの隣接地で活動を行う認可が撤回され、リーパ峡谷での活動は打ち切られた。MSFは、活動停止時点までに数百人の妊婦の診察を含む、約1万5千件の診察を行った。
MSFは2000年からパキスタンで活動を行っている。














