北コーカサス
外国人派遣スタッフ 11人
現地スタッフ 60人

チェチェン紛争勃発から11年、「事態は正常化された」とするロシア政府の誇張された声明の一方で、チェチェン人の大多数はいまだに恐怖、不安、そして貧困に苦しむ生活を余儀なくされている。何千人ものチェチェン難民は、ロシア・イングーシ当局により隣国のイングーシ共和国から強制送還されている。彼らの家は破壊され、帰還した人びとは清潔な水や医療など基本的ニーズの欠如に直面しながら、密集した仮設宿泊センター(TAC)で厳しい状況下に置かれている。チェチェン共和国へのアクセスは依然として逼迫した問題である。
チェチェン共和国の首都グロズヌイでは、移動診療チームが一次医療を6ヵ所のTACで提供し、一般、婦人科、小児科の診察を4ヵ所の総合病院で行っている。これらの病院では、ひと月に合計5600人の患者を診察している。
MSFはチェチェン共和国の主要な産院でありまた委託病院であるグロズヌイ産院に対し、薬や医療物資の配布を引き続き行っている。MSFは2005年、シャトイ、シャロイ、イトゥムカレの3つの医療施設における12万5740件の診療を支援するため、薬の提供を行った。グロズヌイ近郊の農村地域であるグロズヌイセルスキーでは、MSFの一次医療を行う移動診療チームが10ヵ所の居住地で医療を提供している。2006年5月には北東部のシェルコブクシー地区で一次医療を行う診療所も開設し、婦人科、小児科、一般診療を行っている。
高い割合を占める心理的苦痛
精神衛生の問題は長期間苦痛を受けている人びとの間で広がっており、心理ケアプログラムはMSFの活動において大きな割合を占めている。2005年9月にMSFがグロズヌイの6ヵ所のTACで行った調査によると、回答者の77%に精神的苦痛の兆候がみられた。15人のMSFカウンセラーは移動診療チームと密接に連携し、またチェチェン共和国の主要な外科病院である第9病院の患者及びスタッフに対し、24時間体制で支援を行っている。
拡大する結核治療
2005年、MSFは結核治療プログラムを拡大し、カラガリンクスカヤに4つ目の診療所を開設した。2006年6月までに、人口30万の管轄区域から750人以上の患者がこのプログラムに登録した。これは、結核の感染率がとても高いことを示している。このプログラムでは、既存の結核治療施設に対し、薬や医療器具の提供に加え、専門の検査業務などの面からも支援を行っている。MSFは紛争地という環境に合わせた直接監視下短期療法(DOTS)を行っており、患者の栄養状態を改善するための食糧提供も行っている。MSFの健康教育担当は、結核に関する個別のセッションやグループワーク、情報提供活動を行っている。
避難民の生活状況を改善するため、MSFはマットレス、毛布、ストーブ、そして建築資材など、食糧以外の物資の配布を行った。2006年にはチェチェン共和国の首都で最も不安定な居住地のいくつかにおいて、約200世帯を対象に貯水槽、シャワー、トイレなどの衛生施設を建設している。
MSFはグロズヌイにおける外科プログラムも拡大、発展させており、第9病院の神経外科や外傷病棟においてトレーニング面で援助を行い、備品を提供している。暴力や銃創、地雷による被害、火傷など、暴力や事故による心的外傷に苦しむ患者向けに、形成外科プログラムを2006年7月に開始した。
イングーシ共和国における継続的ケアの提供
2005年に暴力的な衝突の増加が見られた隣国イングーシ共和国において、MSFはナズラン、スンジャ、マルゴベクの3地区において一般、婦人科、そして小児科の移動診療を行っている。2005年7月にはアングシュトの避難民居住地に内科診療所を開設した。この診療所ではひと月に約2700件の診察を行っている。自然にできた居住地のうち数ヵ所で防寒装備を提供した。これらの居住地では未だに約9千のチェチェン人が暮らしている。
心理ケアサービスはこのプログラムの中で重要な活動であり、カウンセラーのチームが25・0ヵ所の自然にできた居住地で活動を行っている。現地のボランティアネットワークと密接に協力しながら、チームは個別治療の必要な人を見つけ出し、またグループセッションや地域活動を開催している。
MSFは北コーカサスにおいて1993年から1997年まで活動、その後の中断を経て1999年から再び活動を行っている。














