MSFが取り組む主な疾患
シャーガス病
ブラジル人医師カルロス・シャーガスにより発見されたこの寄生虫症が発生するのはほとんどが中南米においてだが、海外渡航が増えるにつれて、アメリカやヨーロッパでも症例が報告されるようになった。この病気は死に至る恐れがあり、心臓や中枢神経、消化器官に損傷を与える。
中南米の農村部や都市部のスラム地区には泥と藁で造られた家が多く、こうした家の壁や天井の割れ目に住む吸血虫(サシガメ、学名Trypanosoma Cruzi)がこの病気を媒介する 。人に感染しても、何年も症状が現れない場合がある。慢性のシャーガス病は時間をかけて進行し、心臓・食道・結腸に重篤な損傷を与え、寿命を平均で10年短縮させる。シャーガス病の成人患者に多い死因は心不全である。
この感染症の治療は初期段階で行う必要があり、治療薬が効果を発揮するのは、小児における急性および無症候の段階のみである。診断法は複雑で、患者がこの寄生虫に感染しているかどうか判断するのに医師は血液検査を2~3回実施する必要がある。この疾患を治療するための薬はほとんど開発されておらず、現在利用できる治療薬は副作用の恐れがあり、治癒までに1~2ヵ月を要する。成人における慢性シャーガス病の治療は、対症療法しか存在しない。
国境なき医師団(MSF)はボリビアとグアテマラでのシャーガス病プログラムにおいて、教育、予防対策、スクリーニング、小児患者の治療に重点的に取り組んでいる。またMSFは必須医薬品キャンペーンを通じて、シャーガス病に関する研究開発をさらに進めるよう要求している。
コレラ
ギリシャ語で「下痢」を意味するコレラは、コレラ菌を病原体とする水媒介性の急性消化器感染症で、汚染された水や食物を介して感染する。この病気は急速に広がる恐れがあり、突発的に集団発生する場合もある。
コレラに感染した人のほとんどが軽度の症状のみを示すが、きわめて重症化する恐れもあり、激しい水様性下痢と嘔吐を呈した後、重度の脱水症状に至り、早期に治療を行わなければ死亡する場合もある。コレラの治療には、経口または静脈からの補水療法により迅速に水分と塩分を補給することが必要である。
MSFは迅速な支援を提供するためにコレラ治療キットを開発し、コレラが発生した地域にコレラ治療センター(CTC)を開設している。感染予防対策には、安全な飲料水の確保と厳密な衛生管理が含まれる。
2005年から2006年にかけて、MSFはアンゴラ、コンゴ民主共和国、ギニア、ギニアビサウおよびエチオピアなどの国で大規模なコレラ治療を行った。
HIV/エイズ
ヒト免疫不全ウイルス(HIV)は血液や体液を通じて感染し、通常3~10年の間に免疫機能を徐々に低下させ、後天性免疫不全症候群、すなわちエイズを発症させる。免疫機能が低下するにつれ、カンジダ症や肺炎、種々の腫瘍など、多くの日和見感染症を発症しやすくなる。日和見感染症には治療可能なものもある一方で、命にかかわるものもある。患者が最も命を落とすことが多い日和見感染症は結核である。
多くの感染者が発症しないまま何年も過ごし、自分がHIVに感染していることすら知らない場合もある。感染の有無は簡単な血液検査を受けることで確認できる。
抗レトロウイルス(ARV)薬を組み合わせて用いることで、ウイルスの増殖を抑え、患者の延命を可能にし、免疫機能の急激な低下を抑えて患者が健康的な生活を送ることを可能にする。これら複数の薬剤を適切に服用する最も簡便な方法は、数種類の薬剤を1錠にまとめた多剤混合薬を用いることである。
MSFの包括的なHIV/エイズプログラムには、ウイルスの拡散を防ぐ方法を人びとに理解してもらうための教育や啓蒙活動が含まれている。これには、コンドームの配布、検査前・検査後のカウンセリングと共に行うエイズ検査、日和見感染症の治療・予防、母子感染の予防、臨床症状が進んだ患者へのARV治療などを含む。
2005年から2006年にかけて、MSFは32ヵ国における65のプログラムを通じて10万人を超えるHIV/エイズ患者の治療を行い、6万人を超える患者に対してARV治療を行った。
アフリカ睡眠病(ねむり病)
ねむり病として知られるこの寄生虫感染症は、アフリカのサハラ砂漠以南でみられ、熱帯ツェツェバエの吸血を通じて感染する。ねむり病と報告される症例の90%以上は、トリパノソーマ・ブルーセイという寄生虫が原因で起きる。この寄生虫は中枢神経系を攻撃し、重度の神経障害をもたらし、患者は治療を受けなければ死に至る。
この病気の第一期では、発熱や脱力感などの非特異的症状があらわれる。この段階での診断は困難だが、治療は比較的容易である。第二期は、寄生虫が中枢神経系に侵入した後に進行する。感染した患者は協調運動不全、精神錯乱、痙攣などの神経症状または精神症状を発症し始める。 夜間に眠れなくなる代わりに日中眠り続けることもある。
この病気の第二期で正確な診断を行うには、髄液サンプルを採取する必要がある。また治療には痛みが伴い、毎日注射を行う必要がある。アフリカ睡眠病の治療に最も多く使用されるメラルソプロールという薬は1949年に開発されたもので、多くの副作用を伴う。砒素の誘導体であるこの薬は毒性が強く、アフリカの一部の地域では30%の患者において治療に失敗している。また、この薬を投与された患者のうち5%が死亡する。エフロルニチンは静脈注射と複雑な投与計画を必要とするため投与にやや困難を伴うが、より安全な薬であり、最近ではMSFのプログラムにおいてメラルソプロールの代わりに使用されている。MSFは必須医薬品キャンペーンを通じてエフロルニチンの生産と供給を保証するよう働きかけるとともに、使いやすい新薬と正確な診断法の研究開発を求めている。
2005年にMSFは5204人のアフリカ睡眠病の新規患者を治療した。
カラアザール(内臓リーシュマニア症)
先進国ではほとんど知られていないが、リーシュマニア症とは熱帯の寄生虫病で、リーシュマニア属に属する20種以上の原虫が原因で発生し、サシチョウバエに咬まれることで感染する。最も重症化するリーシュマニア症は内臓リーシュマニア症で、これは別名カラアザール(ヒンディー語で「黒い熱」を意味する)と呼ばれる。症例の90%以上がバングラデシュ、ブラジル、インド、ネパール、スーダンで発生している。治療を受けなければ、カラアザールに感染した患者はほぼ100%が死に至る。
カラアザールは免疫系を襲い、発熱や体重減少、貧血、脾腫を引き起こす。既存の診断法は侵襲的な方法か、あるいは潜在的に危険の伴う方法であり、設備や人材が整っていない環境では容易に手配できない検査施設や専門家を必要とするため、大きな問題を抱えている。治療には痛みが伴い、30日間続けて毎日注射を行う必要がある。カラアザールの治療に最も一般的に使われる薬剤はスチボグルコン酸ナトリウムであるが、この薬は1930年代に開発されたもので、比較的値段が高く、一部の患者において中毒反応を引き起こす。
カラアザールとHIV/エイズの二重感染は、どちらの病気も免疫機能を攻撃し低下させるため、近年ますます危惧されている。どちらかの病気に感染するともう片方の病気に対する抵抗力が弱まり、治療効果が下がる。
MSFは必須医薬品キャンペーンを通じて、この顧みられない病気に対する適切な診断技術、ならびに安価な治療薬についてさらに研究を進めるよう求めている。
2005年にMSFは7千人を超えるカラアザール患者に治療を行った。
マラリア
マラリアは4種のマラリア原虫によって引き起こされ、感染した蚊によって特に雨期に媒介され、主に貧しい農村地域やスラム地区の住民および難民を襲う。症状は発熱、関節痛、頭痛、繰り返される嘔吐、痙攣、昏睡などである。熱帯熱マラリア原虫によるマラリアに感染した場合、治療を受けないと重症化し死亡することがある。
マラリアは発熱や頭痛などの臨床症状のみに基づいて診断されることが多い。アフリカにおいて、発熱を呈しマラリアの治療を受ける患者の約半数が、実際はマラリアに感染していない可能性がある。顕微鏡下でのマラリア原虫の測定や迅速なディップスティック法を使えば、正確な診断が可能である。どちらの診断法も現在MSFのプログラムにおいて使用されている。
マラリアの治療には抗マラリア薬を用いる。かつてクロロキンはその価格や効果、副作用の少なさから、熱帯熱マラリア原虫によるマラリアの理想的な治療薬とされていた。しかしながら、ここ数十年のうちにその効果は急激に低下した。MSFの実地調査により、薬剤耐性マラリアに対してはアルテミシニン誘導体と他の抗マラリア薬の併用療法(ACT)が現在最も効果を発揮することが明らかになったため、MSFはアフリカ各国政府に対し、薬剤の使用方針を変更しACTを使用するよう求めてきた。多くの政府が書類上での変更を行ったが、多くの場合依然としてこの薬剤が患者のもとには届いていない。
2005年、MSFは220万人を超えるマラリア患者に治療を行った。
髄膜炎
髄膜炎菌が原因で起きる髄膜炎菌性髄膜炎は、脳と脊髄を包む髄膜と呼ばれる薄い膜における細菌感染症で、命にかかわる感染性の病気である。感染しても症状が現れないこともあり、咳やくしゃみをすることで気道および咽頭分泌物の飛沫を通じて細菌を他者に感染させる危険がある。また、この感染症は突然の激しい頭痛、発熱、吐き気、嘔吐、光線過敏、首の硬直を呈する場合もある。発症してから数時間以内に亡くなることもある。
細菌性髄膜炎に感染すると、適切な治療を受けなければ約半数の人が死に至る。感染が疑われる患者は、髄液サンプルの検査を行い適切に診断され、様々な抗生物質で治療を受ける。だが適切な抗生物質による治療を受けたとしても、髄膜炎患者の5・0%は死に至る。命が助かったとしても5人に1人は難聴や部分麻痺などのさまざまな後遺症に苦しむ可能性がある。
髄膜炎は世界中で散発的に発生するが、患者や死亡者のほとんどがアフリカで報告されており、特に「髄膜炎ベルト」と呼ばれるセネガルからエチオピアまで東西に伸びる地帯で頻繁に発生が報告されている。ワクチン接種がこの病気の予防法として広く認められている。
2005年、MSFは10万人を超える人びとに髄膜炎のワクチン接種を行った。
結核
現在、世界人口の3分の1が結核菌に感染している。毎年9百万人が結核を発症し、そのうち2百万人が死亡する。結核患者の95%は貧困国で暮らしている。
この感染症は肺に感染し、感染した人が咳やくしゃみ、会話をすることにより空気を介して感染する。感染した人全員が発症するわけではないが、HIV陰性の場合、結核感染者の10%がある時期に発症し、持続性の咳、発熱、体重減少、胸痛、息切れに苦しみ、死に至る場合もある。HIV/エイズ感染者において結核はよく起きる日和見感染症でもあり、主な死因になっている。
結核の治療に使用される薬は1950年代に開発されたもので、治療期間は半年を要する。治療の管理や服薬の遵守が不十分だと、一般的に使用されている薬剤に耐性をもつ新しい菌株の出現につながる。薬剤耐性結核は治療が不可能ではないが、必要とされる治療には多くの副作用を伴い、治療期間は2年を要する。
2005年にMSFは世界20ヵ国以上で2万人を超える結核患者に治療を行った。














