グアテマラ
外国人派遣スタッフ 26人
現地スタッフ 99人

2005年10月、熱帯性暴風雨「スタン」が中米全土を襲い、何万もの人びとが家や生活の糧を失い、安全な水を手に入れることもできなくなった。この暴風雨によって地滑りや低地での浸水が発生し、飲用の井戸が汚染され、推定で3万人が避難した。およそ150万人が直接の被害を受けた。グアテマラ政府が迅速な対応をとったが、暴風雨に見舞われた全地域に援助を届ける必要があった。
国境なき医師団(MSF)は最初に現地入りした国際援助団体の一つで、アティトラン湖地域に基礎的な緊急医療物資をはじめ、毛布、マットレス、飲料水などを含む、11.5トンの救援物資を届けた。MSFは活動開始から1週間以内にアティトラン、チキムリジャ、コアテペーケ、サン・マルコス、エスクイントラの各自治体内において、数十の地区にある避難所で生活している人びとに6万リットルの飲料水を配給し、応急処置を施した。
緊急段階後の援助
MSFは初期の緊急段階が終了次第、水道やインフラの復旧、家族の再定住化に注力した。また、多くの地域で災害により心的外傷を負った人びとに対する心理ケアを提供するほか、地元の医師と連携して診察を行った。
活動の大部分は、水を介した感染症の発生を抑えることを目的とした衛生キットなどの物資配給に占められた。全体でMSFは1ヵ月間に5千キットをおよそ2万5千人に、マラリアの予防のための蚊帳を1万5千帳以上配布した。また、A型肝炎、マラリア、デング熱、下痢の発生に対する監視を行うため、各医療施設のネットワークをもとに疫学的監視体制を立ち上げた。暴風雨後の数ヵ月間に、医療援助を必要とするほどの著しい流行は見られなかった。
HIV/エイズ患者への援助
グアテマラのHIV/エイズ患者は約6万1千人にのぼる。外部からの援助があるにもかかわらず、国がHIV/エイズ対策に本格的に取り組もうとせず、国の保健機関はエイズの蔓延に対しほとんど何も行っていない。専門の施設やスタッフが不足しており、HIV/エイズの治療はグアテマラシティーでしか行われていない。
MSFはグアテマラシティー市内のYaloc診療所でHIV/エイズ治療を提供しており、2005年末までに4千件の診察を行い、803人の患者が抗レトロウイルス(ARV)薬による治療を受けた。MSFはまた、HIVと結核の二重感染患者に対する治療プロトコル採用の必要を訴えている。
致命的なインフルエンザの蔓延予防
2006年3月、MSFはルーズベルト病院で発生したインフルエンザA型への対応を行った。免疫障害のあるHIV患者がこのインフルエンザに感染し、20人以上が命を落とした。MSFは病院のスタッフと免疫反応が良好な患者に予防接種を行った。予防接種はコアテペーケとプエルト・バリオスにある病院のスタッフにも実施された。
HIV/エイズ、シャーガス病、ストリートチルドレンに関する各プログラムの移管 MSFは、カリブ海沿岸にあるプエルト・バリオスなどの遠隔地に住むより多くの人びとへ治療を提供できるように、HIV/エイズ治療拠点の分散化を促進してきた。2005年、MSFはHIV/エイズプログラムに関し、あらゆる医療提供レベルで、包括的なケア(カウンセリング、診断、日和見感染症の治療、ARV治療、フォローアップ)を行う枠組みを完成させ、MSFが行ってきたプログラムは2006年に保健省と国主導のプログラムに移管される予定である。
MSFは地元団体と連携してコアテペーケ市内で包括的なHIV/エイズ治療を提供しており、保健省にこのプログラム(患者2千人、ARV治療を受ける患者500人)を移管する過程に入った。
辺境の町オロパでは、早期に治療が受けられなければ命を落とすシャーガス病の感染検査と治療を行ってきた。MSFは2005年から2006年にかけて、15歳未満の子ども約8千人に検査を実施し、シャーガス病が認められた104人の子どもに治療を施した。これらの活動を引き継ぐため、現地スタッフが指導を受けており、MSFは2006年12月にこのプログラムを終了する予定である。
ストリートチルドレン支援プログラムでは、2005年にグアテマラシティー市内のTzite診療所において2702件の診察と719件の心理面での診察を行った。MSF は2006年半ばに、担当チームによる7年間の経験を研究者や医師たちと共有するための地域シンポジウムを開催しており、年末までにこのプログラムから撤退する計画である。
コアテペーケにある14の学校で、学生総数が1万1千人に達した後、2006年2月に性教育プログラムが教育省へ移管された。
MSFは1984年からグアテマラで活動を行っている。














