エチオピア
外国人派遣スタッフ 62人
現地スタッフ 704人

エチオピアは依然としてアフリカにおける最貧国の一つであり、一人当たりの所得は非常に低く、人口の3分の2近くは読み書きができない。同国の経済は農業に大いに依存しており、降雨量に大きく左右される。
エチオピアの多くの人びとは外国からの食糧援助に頼っている。国連の報告によると、食糧援助に依存する人びとは2005年には総人口7700万人のうち5百万~7百万人に上った。不作の年には1400万人もの人びとが食糧不足に陥る危険性があるために、2005年に起きた干ばつは同国の南東部で活動する国境なき医師団(MSF)チームにとって、特に憂慮すべき事態であった。
2006年3月、MSFは「ソマリ地方」として知られるオガデン州のシェラティとバーレで重度の栄養失調児を対象とした栄養治療プログラムを開始した。この地域の住民の多くは遊牧生活をしているため、常設の場所で治療を行うのではなく、MSFチームが対象地域を巡回して治療を提供する方式を採用した。アフデルとゴデーでは1月から2月にかけて栄養状態の調査も実施し、2006年を通じて監視を継続した。
MSFはシェラティ地区で基礎医療を提供しており、医療施設では1日に最大100件の診療を行い、救急医療、入院治療、分娩介助に加えて、産前ケアや栄養治療も行っている。2005年8月にはプログラムを拡大して結核治療を開始し、2006年5月末の時点で191人の患者がプログラムに加わっている。
2つ目の結核治療プログラムは、同国東部に位置する乾燥した僻地であるアファール地方のガラハを拠点としている。アファール系の人びとは遊牧民であり、牧草地や家畜のための水を求めて3~4ヵ月ごとに移動する。結核治療を完全に終えるには6・ヵ月を要し、その間は毎日治療薬を服用する必要があるため、MSFでは治療に適した方法を見つける必要があった。その解決策として、MSFは医療施設の周りに400近い小屋からなる村を作った。患者はその村に4ヵ月間、徹底した医学的監視のもとで暮らす必要があり、その後はさらに3ヵ月間、自分自身で服薬治療を続ける。このプログラムを開始した2001年以来、2400人以上の患者が治療を受けており、毎月約40人の患者が新たに治療を開始している。
カラアザール患者の治療
エチオピアではカラアザール(内蔵リーシュマニア症)に対する国の治療ガイドラインが再検討されているが、この病気は依然として大きな課題である。この感染症が風土病である地域においてさえ、必要な医薬品はほとんど手に入らない。サシチョウバエを媒介とするこの感染症は、免疫系を攻撃し、発熱、体力消耗、脾腫、貧血を引き起こし、治療を受けなければ命を落とす。現在、カラアザールは依然として同国の多くの地域で広がりを見せている。
MSFは2005年末までの8ヵ月間にアムハラ地方の北東部にあるリボケンケン地区で1150人のカラアザール患者の治療を行った。スーダン、エリトリアと国境を接する町フメラではHIVとカラアザールの二重感染患者の治療に焦点を当て、2005年には1823人の患者の治療を行った。また、3つ目のカラアザール治療プログラムはアブドゥラフィ付近を拠点としている。
エチオピアの多くの地域では最も基礎的な医療さえ事欠く状況にあるため、MSFは多くの場所で一次診療施設を運営している。マラリアに関しては、保健省がより効果的な治療薬に治療方針を変更したものの、依然として大きな懸念事項である。MSFはアムハラおよびティグライ地方で約7万6千人の患者の治療にあたったが、政府の対応能力が向上したため、2006年に大半のプログラムを引き継いだ。アムハラ地方のフォゲラ地区ではマラリア患者49448人の治療を援助するプログラムを引き続き実施している。
髄膜炎およびコレラへの緊急対応
2006年1月、南部のウォライタ地方で髄膜炎の症例が報告された。MSFはこの感染症に対応するため保健省と協力し、医薬品の提供および保健センターの医療スタッフに対する治療トレーニングを行った。また、集団予防接種も実施し、2万5千人に接種をした後に、活動を保健省に引き継いだ。
ガンベラ地方の西部では、キャンプに暮らす約7万人の避難民が緊急に医療援助を必要としている。MSFは主要な町であるイタングの郊外に常設の医療施設を開設した。
移動診療チームは最も援助を必要としている地域を巡回し、基礎医療の提供と重症患者の搬送を行っている。2006年5月にはコレラ流行に対して緊急援助を行い、約2千人の患者を治療した。
MSFは1984年からエチオピアで活動を行っている。














