急性栄養失調:広く蔓延し、しばしば致命的で、すぐに治療可能な、顧みられない病気
ミルトン・ テクトニディス医師、MSF栄養専門家
「…『定期的』な飢餓は、飢饉の暴発とは区別しなくてはならない…(i)多くの慢性的飢餓の存在、(ii)慢性的な飢餓の増悪傾向、(iii)急性の飢餓の突発的な発生という3つの問題は、全く異なるものである…」(アマルティア・セン、 貧困と飢饉、1981)
団体史上最大の栄養治療活動となった2005年のニジェールにおけるプログラムで、MSFはどのようにして6万3千人の重度の栄養失調児を治療したのだろうか。ニジェールは、大半の人が最近の飢饉について思い浮かべるイメージ―内戦、暴力、住民の強制移住、厳しい食糧不足、成人を含む大規模な栄養失調、病気や感染症などの、20世紀の破滅的飢饉による死者数の超過を示す典型例ではない。
ニジェールの定期的な飢餓と、その先にあるもの
2005年のニジェールにおける食糧危機の性質とその対応の妥当性については、国際的な救済活動が7月になってようやく増強されたことを受けて議論が続いた。この緊急事態を飢饉という言葉で表すことには反対意見があり、前年の収穫による食糧備蓄が底をついても、ハンガーギャップ期(収穫の端境期)になるまで食糧の無料提供が行われず、市場に出回る主食の価格はそれまでの記録をすべて破るほどに高騰した。
ニジェールは、ノーベル賞を受賞した経済学者アマルティア・センが言うところの「定期的な飢餓」が慢性的に高いレベルで発生する国である。この他にも「慢性的な飢え」または「栄養不足」という言葉が用いられる。国連食糧農業機関(FAO)は、8億人以上が栄養不良であり、通常の活動を行うための食物エネルギーの一日あたりの必要量を得られていないと推定している。経済学者らは、このような大規模な集団における慢性的な食糧不足は、開発上での失敗であると見なしている。公衆衛生の推進に携わる人びとは、貧困国における食糧不足と幼児期の栄養失調との関連性を事実上軽視し、その代わりに「乳児と幼児に対する不適切な栄養の与え方」や、それほどではないにせよ、医療サービスや清潔な水の不足が関連していると主張する。大規模な危機の場合を除き、通常提唱されている一連の乳幼児のための予防的、治療的な保健支援には、最も重度の急性栄養失調児に対する治療がほとんど含まれていない1。
重度の急性栄養失調は、特に死亡リスクが高いが、治療の効果がすぐに表れるという特徴を持っている。診断は、身長/体重比を計測し、痩せまたは「消耗」の程度を基準にして行われるか、上腕中央部の周囲径(マラスムスの兆候を示す)または「組織中の水分」の有無(浮腫性の栄養失調、またはクワシオルコルの兆候を示す)によって決められる。中程度の急性栄養失調の患者は、身長/体重比が正常よりもわずかに下回る者である。国連児童基金(UNICEF)では、常に6千万人以上の子どもが急性栄養失調、あるいは消耗に陥っていると推測する。そのうち1300万人は重度に消耗しており、その他の多くはクワシオルコルを発症している。急性栄養失調は、毎年5百万人以上の幼児の予防可能な死の一因となっている2。
2005年にニジェールで行ったMSFの栄養治療プログラムでは、マラディ県だけでも重度の栄養失調により3万9千353人が入院した。患者の95%以上を生後30ヵ月未満の幼児が占め、60%以上の大多数の患者は、従来ハンガーギャップの時期にあたる7月中旬から10月中旬までの3ヵ月間に入院した。また、80%以上が6月から11月の間に入院した。2005年にマラディ県でMSFの施設に入院した患者の数は2004年の4倍にのぼった。同県南部のいくつかの郡では、2005年の1年間に生後6ヵ月から24ヵ月の幼児のほぼ半数が重度の急性栄養失調に陥り、MSFの栄養治療プログラムを受けた。
ニジェールで重度の急性栄養失調で入院する患者の数が、季節や年ごとに、このように大きく変動する主な原因が、乳児と幼児に対する栄養の与え方にあるとは思えない。また、感染症の増加や、医療ケアや清潔な水が不足していることによっても、この変動は説明できない。このような変動は、ハンガーギャップの時期に受ける栄養的ストレスに大きく起因しており、特に不作の年の翌年に多い。そのような時期には、手に入れることのできる食品のカロリーやタンパク質の含有量が不足するだけでなく、食事の質や種類そのものが限られる。
過去20年以上にわたる栄養についての臨床研究によって、食事中の微量栄養素の不足による影響、特に地方の貧しい人びとの穀物を主とする変化のない食事が成長不良や栄養失調に及ぼす影響が、次第に注目されるようになってきた。微量の金属、硫黄、リン、特定のビタミンやその他の微量栄養素の不足は、生命にとって極めて重要な年齢である生後2才までの幼児に対して特に悪影響を及ぼす3。栄養を強化した食べやすい高栄養食品が、栄養不足を防止するために特にこの年齢層向けに数多く考案されており、購入力のある先進国の人びとに向けて市販されている。ニジェールのような国で高い栄養失調率を低下させるためには、農村に住む貧しい人びとが直面している問題、つまり幼く、成長の早い子どもたちに十分に栄養価の高い食事を与えることが出来ないという困難に取り組まなくてはならない。
急性栄養失調治療の向上
2005年にニジェールで多くの重度栄養失調の子どもを治療して得た成果は、例外的に大きかった。マラディ地域における重度の栄養失調患者の91%以上(3万4千247人)が、回復して治療プログラムを終了し、急性栄養失調の状態から脱した。しばらく前にエチオピア、ソマリア、スーダンで発生した大規模な飢饉では、これほど多数の患者に個別に治療的処置を行うことは出来なかった。何が変化したのだろうか?これまで世界保健機関(WHO)は、重度の急性栄養失調の患者全員に対し、集中栄養治療センターまたは病院の入院患者病棟で治療用の高エネルギー、栄養強化ミルクを用いて治療するよう推奨していた4。大規模な危機の際に人道援助団体が栄養治療センターで治療用ミルクを用いれば、高い治癒率は達成できるが、このような専門的なセンターは人員と設備に相当な投資が必要であり、経費が掛かるうえ、一度の収容数は限られている5。さらに、入院による治療は通常は数週間にわたるため、患者の家族への負担から治療を思い止まらせてしまい、プログラムへの参加率を低下させたり、また治癒前に治療に失敗する子どもの数を増加させている。
大規模な緊急事態を除いて、国際的な公衆衛生の専門家らは重度の急性栄養失調の治療を優先事項とは考えておらず、設備や人材が限られている国のほとんどで、国の保健医療サービスの中に急性栄養失調の治療は組み入れられてこなかった。ニジェールは、季節や年によって常に25万?50万人の子どもが急性栄養失調に陥っている国であるが、MSFがマラディで実施したプログラムを除いては、重度の栄養失調患者に対する有効な栄養回復プログラムは2005年の7月まで存在しなかった。
5年前にそのまま食べられる栄養食品(RUTF)を導入したことで、認識と治療が変わりつつある6。栄養価が高いこの製品は、急速に体重を増加させるよう作られており、調理や水を加える必要がなく、エネルギー密度の高いペースト状で、汚染されることもない。この食品は、食欲が乏しく胃が細っているが、多量のカロリーを摂取する必要がある栄養失調児を対象として作られている。身体が小さく、重度の栄養失調に陥っている子どもは、数週間で1?2kg体重が増加する。
これらの特徴から、この栄養食品は通院治療に使用するのに理想的であり、また母親たちはこの製品の効果をすぐに目にすることができる。2005年にニジェールでMSFが得た経験では、重度急性栄養失調の患者の大半は、治療センターに毎週定期的に通院するという方法で治療できることを示している。重度の栄養失調児の65%以上は、入院を経ずに通院治療を始め、大半はその治療期間を通して入院が必要となることはなかった。全患者の約85%は、通院だけで治療を完了した。完治までの平均期間は1ヵ月未満であった。入院治療ユニットは、食欲不振、体重減、重度の感染または貧血などの合併症を起こしている患者に対処するために必要である。2005年には、マラディのMSFの入院施設に入院した患者のうち、約千人が亡くなった。しかし、それ以外の6200人以上の入院患者は、平均2週間未満の入院期間後に回復して退院したか、通院治療に戻った。
利用しやすく、効果的な栄養食品のおかげで、MSFが2005年にニジェールで行った栄養治療プログラムでは記録的な数の患者を治療することができた。このような新たな製品や手法によって、大規模な緊急事態や、子どもの重度栄養失調率の高い状況における栄養援助に新たな可能性が開かれた。MSFは2006年マラディ県において、重度でも中程度でも、全ての栄養失調を同一の方式で治療している。重度の栄養失調のほうが死亡率は高いが、栄養失調に関係する死亡例のほとんどは、はるかに数の多い中程度の栄養失調群に認められる。個人について見れば、重度でも中程度でも死亡と病気のリスクは増大するが、最良の利用可能な栄養治療食品を与えることにより、大半はすぐに完治する。MSFは、急性栄養失調の通院治療をさらに簡素化する方法に着目している。経過診療を受けるための来院回数を減らすことで患者の受け入れ能力と診察能力をさらに増大でき、また定期的に診察を受けるために長い距離を通わなければならない母親にとっての助けともなる。子どもの身長測定にかける時間を省き、上腕周囲測定帯(MUAC)と体重測定だけで診断することができるかもしれない。これらの新しい工夫のいくつかは、3年間の干ばつにより農村住民の栄養失調率が高いケニア北部で現在実践している。
栄養失調の根底をなす原因に取り組むための努力は明らかに重要であり、支援しなければならない。しかし、新たな栄養食品や通院治療の戦略を用いることにより、慢性的な飢餓などで急性栄養失調患者や過剰な死亡が生じているほとんどの場所で、すぐに、はるかに多くの患者に回復のための治療を行なうことが出来るようになった。RUTFがより安価に、さらに広く入手できるようになれば、これはなおさら現実のものとなる。それができないという理由はない。治療がもっと簡単で安価なものになれば、急性栄養失調はもはや、単に継続する長期的な努力や解決策を必要とする悲劇的なジレンマでも、広く蔓延し、しばしば致死的な、顧みられないがすぐに治療可能な病気で、緊急かつ効果的な医療を必要とするものでもなくなるであろう。
- Jones G et al. How many child deaths can we prevent this year?
Lancet 2003; 362: 65-71. - Black RE et al. Where and why are 10 million children dying every year?
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Lancet 1999; 353: 1767-1768














