ノーベル平和賞

人道的な行為は最も非政治的であり、かつ重要な政治的意味合いを持ち得る

人道主義にも限界があります。どんな医師も虐殺を止めることはできません。どんな人道主義者も民族浄化策を止めることはできません。戦争を起こすこともできなければ、戦争を終結させることもできないのです。これらは政治の責任においてなされることであり、人道主義者には不可能なのです。はっきり申しあげましょう。人道的な行為はあらゆる行為の中で最も非政治的な行為です。しかしその行為や倫理が真摯に受け取られた場合には、大変重要な政治的意味合いを持ち得るのです。例えば罪に問われるべき行為をとがめずにいることへの抗議には政治的な意味があります。

援助物資に手を伸ばすコソボ難民

それはまさしく旧ユーゴスラビアとルワンダにおける人権侵害の事実追及のため国際刑事裁判所を設立しようとしたとき、また国際刑事裁判所規定の採択のときにも確認されたことです。裁判所設立に目が向けられたことは意義のある一歩です。しかし世界人権宣言から50年を数える今日、その国際裁判所は未だ存在せず、昨年その規定がほんの3か国によって批准されたにすぎません。この調子では裁判所が実現するまでに20年はかかるでしょう。私たちはそんなに長い間待たなくてはならないのでしょうか。国境なき医師団は訴え続けます。国家にとって裁判所設立のための政治負担がどうであろうと、本来罪に問われるべき行為のために人命の犠牲を払ってはなりません。

責任の所在や透明性を明確にできない軍事介入には反対

道端で嘆き悲しむスレブレニツァ
からの避難者たち(1995年)

ただ国家だけが人道法の遵守を課すことができますが、その努力は単に象徴的なものであってはなりません。私たちが以前活動していたボスニアのスレブレニツァは一見安全な場所でした。国連はこの土地を保護区域と定め、国連軍も駐留していました。しかしここで虐殺が起こり、それに対し国連は何も行いませんでした。つまりただそこにいただけだったのです。

旧ユーゴスラビアやルワンダへの国連の下手な介入は数千人にのぼる死者を出しました。国境なき医師団は、責任の所在や透明性を明確にできない軍事介入には反対しています。軍のほうがNGOより避難民のためのテントを早く設置できるなどということを見せられても意味がありません。軍にはむしろ被災者の権利を守ろうとする政府やその政策の役に立つ働きをしてほしいのです。

国連事務総長はスレブレニツァやルワンダについて自らの過失を認め、陳謝しました。しかし国連が今後なおも軍事活動をもって一般住民を守ろうとするなら、国連の平和維持活動は見直される必要があります。安全保障理事会の理事国は賛成・反対の決定について公然とした責任を持つべきです。拒否権の行使は制限されるべきで、理事国は自分の決定を実施するために適切な方法が取られるよう努力する義務を負うべきです。

倫理的中立性が脅かされるときは撤退も

確かに人道援助活動には限界があります。責任もあります。それは単に技術的なことや正しく行動するためのルールについてのことだけではありません。人道的な行為とはなによりもまず倫理に枠取られた1つの価値体系です。人道援助活動を行うとき、その倫理的な意図は必ず現実の結果と直面します。何を良しとするかを見定める倫理的中立性はここで拒絶されかねません。例えば、国境なき医師団が1985年にエチオピアで行った援助活動は、結果的に住民の強制移住を後押しすることになり、1996年のゴマ難民キャンプにおける援助活動は、結果的に大量殺りくを行った政府を支援することになりました。人道援助活動が危険な状況に置かれた人々をさらに苦しめるために利用されかねない場合、撤退も必要になります。

コンゴ民主共和国の紛争では、
栄養失調・銃創・刀傷・体力の消耗などで
多くの人びとが犠牲となった(1996年)

最近の出来事としては、1995年、私たちは独立した人道援助団体として最初に北朝鮮入りを果たしましたが、1998年には撤退を決めました。なぜでしょう。国家権力から政治的な影響を受けず、自由に援助活動を行うことは不可能だという結論に達したからです。食糧援助を行っても、それが何百万人もの弱い立場の人々や飢餓に苦しむ人々を生み出した元凶である政府の支援につながるのであれば、状況は変わらないことに気付いたのです。私たちは、最も援助を必要とする人びとが最初に援助を受けられるよう、自由で独立した人道援助活動を行わなければなりません。援助活動は窮状を生み出した原因を隠すものであってはなりませんし、また人びとの苦しみに立ち向かうのではなく、逆に苦しみを生み出すことになるような、単なる国内外の政策の道具になってはならないのです。もしこのようなことになれば、私たちはジレンマに立ち向かわなければならず、また最もましな解決策として撤退も考えざるを得ません。私たち国境なき医師団は、人道援助活動の限界とそのあいまいさについて常に問い続けています。特にこの活動が暗黙裡に国家や軍の利益に結び付く場合は注意しなければなりません。

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