ノーベル平和賞

今日の命は、明日その命がどんな価値を持つかで測ることはできない

人道主義は政治から独立した存在であると私たちは確信を持って言えますが、それはNGOが良くて政府が悪いとか、市民社会が良くて政治権力が悪いというように両極化しているのではありません。このような論争は間違っていて危険です。歴史が示す通り、奴隷制や福祉の権利などの人道的な事柄のうち、市民社会で生まれたものは、その問題が政治的にも協議される対象として扱われるようになるまでは影響力を持っていたのです。人道主義と政治は問題解決に向けて歩み寄りを重ねてきましたが、両者の間にある差を隠すことにはなりませんでした。人道的な行為は限られたグループや目的に対して短い期間行われ、これが強みでもあり限界でもあります。政治的な行為は長期的にのみ計画でき、それ自体が社会の動きとなるのです。人道的な行為は定義上、普遍的です。人道的な責任には境界がありません。世界のどこであれ困窮が明らかなら、天から人道主義を授かった者は応じねばなりません。これとは対照的に、政治には国境があり、危機への政治的な対応は状況によって変化します。歴史的関係、力のバランス、様々な利害関係が考慮されなければならないからです。人道主義における時と場合は、政治における時と場合とは異なります。人道的な行為の原則を別の言い方で述べるとこうなります。

問題解決を弱者の犠牲の上に行うことは、どんな形であれ拒否する。犠牲者が意図的に差別されること、他者の利益のために顧みられないことがあってはならない。今日の命は明日その命がどんな価値を持つかで測ることはできない。また、「ここで」苦痛を和らげても「あちらで」和らげなかったことの正当化にはならない。使える手段が限られているから、当然選択せねばならなくなってこよう。しかし、どんな環境でどんな制約を受けて行動するかは、人道的な見方をする際の基本を変えるものではない。人道的な見方とは、定義上、政治的に行われた選択を無視すべき見方のことなのである。

人道的なものは軍事的でなく、軍事的なものは人道的ではない

爆撃で破壊されたセルビア内務省の建物(1999年)

今日、いわゆる人道的軍事活動の発展には、混乱とこの活動に本来そなわっているあいまいさが表れています。私たちは敢然と、そしてはっきりと、市民による独立した人道主義の原則を再確認しなければなりません。そして「人道的軍事行為」と呼ばれる介入を非難すべきです。人道的な行為は命を救うことであって、決して奪うことではありません。私たちの武器は医薬品であり外科用具であると同時に、透明性、つまり意図の明白さです。時には必要と思われようとも、戦闘機や戦車であってはなりません。人道的なものは軍事的でなく、軍事的なものは人道的ではないのです。私たちがコソボでNATO加盟国から受けた資金援助の申し出を拒否し、NATOの人道的という主張を非難し続けたのはそのためです。またそれだからこそ私たちは、現地で軍と隣り合せでいながらその指揮に従うことなく活動できるのです。

国がいわゆる人道的な目的で他国に介入する権利である「干渉権」についての議論は、このあいまいさを一層顕著にしています。これは権力乱用という政治問題を人道問題のレベルに置こうとするものであり、軍事力を用いた防衛活動に対して人道的な正当性を当てはめようとするものです。人道主義と治安の必要性とを混同すると、人道主義の本来の意味が隠されてしまうことになります。ご存じの通り国連憲章は、世界の平和と安全に対する脅威を取り除くため、時には軍事力をもって介入することを国に強要しています。しかしそれには人道的な理由をつける必要はないし、むしろ危険です。先週末、ヘルシンキに各国の代表が集まり、人道的な目的のために活動する欧州軍の創立にむけた会議が開かれましたが、私たちは参加各国にそのような危険であいまいな方向に踏み込むことのないよう呼びかけました。むしろ国際的な人道主義や人権法が尊重されるような治安維持の方法をこそ各国に探っていただきたいのです。

「ウメラ、ウメラシャ(さあ、頑張って勇気を奮い起こしなさい)」

ルワンダの病院敷地内で銃創の治療を受ける患者(1994年)

人道援助活動には限界があります。政治的な活動の代わりはできません。ルワンダで大虐殺が起こったとき、その初期の時点で国境なき医師団は世界に向け、武力を用いて虐殺を止めるよう訴えました。国際赤十字も同様に主張しました。しかしその叫びは麻痺状態の国際機構によってはねかえされました。私利私欲が黙認され、政治責任がとられることもなかった結果、本来決してまかり通ってはならない犯罪が止められずにいたのです。国連軍の活動が始まる前に虐殺は終わりました。

ここで今日特別に出席していただいたシャンタル・ンダジジマナさんについて少しお話ししたいと思います。シャンタルさんは1994年に起こったルワンダの大量虐殺によって親族のうちの40人を亡くされました。現在はブリュッセルで国境なき医師団のスタッフとして働いています。彼女は虐殺を逃れることができましたが、彼女の母親、父親、兄弟、姉妹はできませんでした。100万人にも及ぶ犠牲者や数百人の国境なき医師団の現地スタッフも同様です。当時私はキガリで行われていたミッションの責任者でした。そこで働いていた人びとの勇気、そこで亡くなった人々の恐怖は、とても言葉ではお伝えできないでしょう。そして私をはじめとする国境なき医師団のスタッフは、言葉では言い表せないような深い悲しみを今も心に抱き続けています。

虐殺のあったキガリの病院である女性患者が私に言った「ウメラ、ウメラシャ」という言葉が思い出されます。これはルワンダの言い回しで、大ざっぱに訳せば「しっかり、しっかり、友よ、頑張って勇気を奮い起こせ」という意味です。彼女はなたで襲われ、全身を意図的に切り刻まれました。耳は切り落とされており、念入りに傷つけられた顔の傷口は大変深いものでした。その日は何百人という男性、女性、子どもが病院に運び込まれ、あまりの数の多さに路上に寝かせるしかありませんでした。多くの場合その場で直ちに手術が行われました。病院の周囲の側溝には文字どおり真っ赤な血が流れました。彼女はそうした患者の中の1人で、筆舌に尽くし難い苦しみの中にいました。私たちが彼女にできたことは、わずかながら縫合をして出血を止めることだけでした。私たちは極度に疲労していました。他にもたくさんの患者が治療を待っていることを知っていた彼女は、私をこの逃れようのない地獄のような状況から救おうと、それまで聞いたことのないような澄んだ声でこう言ったのです。「ウメラ、ウメラシャ(さあ、頑張って勇気を奮い起こしなさい)」