医療の技術革新

研究開発における新たな検討課題の形成

より多くの人びとの命を救い健康を改善するため、国境なき医師団(MFS)は常に、より効果的で新しい方法を模索しています。MSFの活動チームは、必要な医療ツールの不足にたびたび直面しています。MSFは設立当時から、医療活動が困難な活動地でも迅速に援助できる能力を高めるために、革新的な取り組みを試みてきました。

1987年、MSFは科学・疫学研究機関であるエピセンターを設立しました。エピセンターは、大規模集団での伝染病の発生・流行とその原因について、科学的証拠を提供することを目的としています。エピセンターの調査は、活動地での医療活動に関する技術革新を推進するほか、MSFの活動を超えた政策にも影響を及ぼすための重要な鍵となっています。例えば、MSFが1980年代と1990年代にアフリカ・サハラ地域の「髄膜炎ベルト」地域で行った髄膜炎治療の活動経験を受け、世界保健機関(WHO)はMSFの髄膜炎治療法を推奨。以来、この治療法は国際基準として取り入れられています。

MSFは1999年に必須医薬品キャンペーンを設立しました。治療を受ける機会の不平等に世界的に対応するためです。その代表例がHIV/エイズ治療です。キャンペーンでは、最良の医療ケアの妨げとなっている薬価を引き下げ、研究開発の壁の克服を支援しています。既存の医薬品の入手機会を広げる努力を行っているほか、MSFが活動地で直面しているニーズに対応した効果的な新薬・ワクチン・診断ツールの開発を、さまざまなレベルで精力的に促してきました。

必須医薬品キャンペーンの具体的な活動例:

子どものHIV感染者
  • 治療法が非常に限られていることに警鐘を鳴している
  • 子どもの治療に適した薬の開発と安価での提供を求めている
マラリア治療
  • 活動地での調査で、従来の治療法に広く耐性が出ていることが判明
  • アルテミシニン誘導体と他の抗マラリア薬を併用する治療法(ACT)への切り替えを求めている
薬剤耐性結核
  • 治療期間が短くて副作用が少ない効果的な薬の開発を推進している
  • 子どもの結核患者、HIVとの二重感染患者、薬剤耐性結核患者などを対象としたポイント・オブ・ケア・検査(POCT)の仕様を作成している
  • 研究・開発
医療ニーズが大きい分野での研究・開発を促している
  • 緊急に必要とされているワクチン、薬、診断ツールなど新しい医薬・医療品の開発を奨励している
  • 研究・開発へ資金を援助する「プッシュ」型や、開発された製品の市場での需要をあらかじめ保証する「プル」型などさまざまなスタイル推進している

課題と提言

医療の技術革新とは?

MSFのプログラムでは、最良の医療ケアを提供できるとは限りません。活動地で使用できる物資が時代遅れのものであったり、現地の状況に適していなかったり、効果的ではなかったりするためです。例えば、結核の治療薬は40年以上も開発が行われていません。貧しい国々でHIV/エイズにかかっている乳幼児を診断するためのツールも普及していません。これは、新薬・診断ツール・ワクチンの開発など「医療の技術革新」の焦点が、商業上の収益性が高い製品にあてられており、医療上の必要性の高さには目が向けられていないためです。

問題点

世界の医療研究費は、先進国向けの市場に偏っています。途上国の公衆衛生上の優先事項は多くが見過ごされています。これは、現在の製品開発が、開発した医薬品を高額に設定することで研究開発費を回収するシステムに頼っている結果です。つまり、途上国の人びとが苦しんでいる病気については、技術革新を行うための資金拠出全体が、著しく不足したままの状態なのです。

“小児用”の圧倒的な不足

医療の技術革新の焦点を"小児用"にあてることも急務です。途上国に多い病気に苦しむ子どもたちについて、そのニーズに対応した薬・ワクチン・診断ツールの研究が圧倒的に不足しています。HIV/エイズの小児用治療薬はごくわずかです。HIVや結核の乳幼児を診断する簡単・有効な方法はまだありません。

保存・輸送・顧みられない病気

多くの医療ツールが、冷凍保存を必要とするなど限られた条件下での使用に適していないという問題もあります。さらに、シャーガス病、カラアザール、アフリカ睡眠病などの病気はまったく顧みられておらず、現在の治療ではニーズをまったく満たすことができていません。

研究開発における新たな検討課題の形成

医療の技術革新で、しばしば高額な医薬品が生まれます。製薬会社が研究開発費を回収しようとするためです。また、特許によって専売権が守られるため、安価なジェネリック薬の製造が妨げられます。こうした問題を変えていく必要があります。世界保健機関(WHO)では、問題を考察する政府間の取り組みが進行中です。

新たな資金調達メカニズムの模索

医療の技術革新を刺激する方法を特許にのみ頼っていては、途上国の公衆衛生上のニーズを満たすことができません。新たな資金調達メカニズムが必要です。MSFなどが共同設立した「顧みられない病気のための新薬イニシアティブ(DNDi)」のような医薬品開発パートナーシップはそういったメカニズムの成功例です。

アフリカでの肺炎球菌ワクチンの普及には「事前買い取り制度」(The Advance Market Commitment:AMC)が採用されました。官民パートナーシップ(PPP)のGAVIアライアンス(ワクチン予防接種世界同盟)が途上国での予防接種の普及を目的に設けた制度です。途上国はAMCを通じて、製薬会社からより安い価格でワクチンを購入することができます。しかし、もともとのワクチンが高価なためAMCの財源が不足し、支援対象国が絞られるなどの問題点も見られます。

一方、「医療の技術革新賞」ファンドのような組織を作り、革新的な医薬品を開発した製薬会社へ報奨金を授与することで、研究・開発のインセンティブを働かせようという考え方も生まれています。この場合、研究費が医薬品の価格に反映されないメカニズムとなり、途上国のニーズに適した医療の技術革新が望めます。

関連資料

国際的な研究開発協定の必要性〜医療の不均衡をなくすために〜