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ケニア:MSF、ナクルとナイバシャで負傷者を治療

情報発信日 2008年02月12日

map 1月26日から27日の週末にかけて、ケニアの一部地域で武力衝突が発生した際、国境なき医師団(MSF)のチームはナクルとナイバシャの地域病院で必要な援助を行うために現地入りしていた。ナクルでは2日間で負傷者157人の治療を支援し、ナイバシャでは患者30人を治療した。

MSFチームは、大統領選挙が行われる前に住民が避難を開始した2007年12月の上旬から、リフトバレー州の都市ナクルとその周辺で活動を続けている。大統領選挙の実施直後に激しい暴力を伴う抗議行動がケニア各地で発生した際、MSFはナクルにある病院の支援を行った。負傷者が多数出ていた上、ケニア保健省の職員の多くが病院にたどり着けなかったため、ナクルの病院には追加の支援が必要だった。しかし事態が安定するとすぐ、援助をほとんど、あるいは全く受けられないでいるナクル周辺の農村部にいる数百人の避難民への援助に活動の重点を移行した。

1月19日以降、ナクル周辺では再び緊張が高まった。その翌週、MSFの移動診療チームは通常週に4回行う活動を2回しか実施することができなかった。1月25日、移動診療チームは診療に出かけたが、通りで戦闘や暴動が発生しており、10分後にはチームの拠点に戻ることを余儀なくされた。

その日のうちにチームは病院にたどり着き、どのような援助が必要かを調査することができた。116人が外科治療を必要としていたため、チームは迅速に対応し、トリアージと小手術を実施した。翌日、新たに41人の患者が外科治療を受けるために順番待ちをしていたが、4人いる外科医のうち病院に到着できたのはわずか1人に過ぎず、ごくわずかな人数の看護師しかいなかった。特に外科用を始めとする医療物資が不足しつつあった。ナクル周辺の道路の多くは封鎖されていたため、ガーゼ、医薬品、輸液、医療機器、消毒器具や包帯などの物資を積んだヘリコプターがナイロビから現地入りした。

その頃、ナイロビから車で約1時間の距離にあるナイバシャでも武力衝突が発生し、30人が死亡したと報告された。1月28日、MSFのチームがナイロビからナイバシャ病院へ向かった。チームが病院に到着した時には、30人の負傷者がおり、その大半は打撲傷やなたによる切り傷、そして銃創を負っていた。

ナクルと同様に、ナイバシャでも暴動のため保健省の職員が病院にたどり着けずにいた。MSFは麻酔医、看護師、医師各1人をナイロビから移動させ、チームは数時間後にナイバシャに到着した。現地に到着すると、重症患者が6人いた。頭部を負傷した患者2人は直ちに救急車でナイロビに搬送された。残りの患者4人は症状を安定させた上で、翌日ナイロビの病院に移送された。その後チームは、残りの患者たちの治療に当たった。

これ以降、MSFの緊急チームは病院とナイバシャ周辺の避難民キャンプの状況を観察してきた。MSFの緊急コーディネーター、マルセラ・アルハイメンは説明する。「ナイバシャには避難民キャンプが2ヵ所あります。ひとつは刑務所で、約3千人が生活しています。もうひとつは警察署で、約1500人が暮らしています。しかし、さらに多くの避難民が到着しており、その多くは警官に護衛されてやってきます。」このため、MSFチームは今後、医療ケアをほとんど受けることができないでいるこれらの避難民の援助活動に重点を置く予定である。

ケニアでは暴動と治安悪化が続いていることから、MSFのチームは緊急のニーズに対応する活動を今後も継続していく。ナイロビのスラム地区、ナイバシャ、ナクル、エルドレットで負傷者を治療すると同時に、ケニア西部とリフトバレー州での暴動によって避難した何千人もの人びとにも援助を行っている。一方、ナイロビ、ブシア、そしてホマベイでは、長期的なHIV/エイズ治療プログラムと結核治療プログラムが通常通り実施されている。しかし、MSFは現在も続く治安悪化のために医療ケアを受けることができないでいる多くの患者について憂慮している。